戦艦大和誕生(下)
下巻も読み終わりました。下巻の方が面白かったです。内容としては前半で大和は完成し、その後は別の生産についてです。軍令部の無謀な要求とそれに答えようとする現場技術者の奮戦が話の軸になっています。
開戦までアメリカとの戦いになった場合に、日本海軍は「量より質」をもって戦うという思想だったため、一隻の艦艇の能力を最大限引き上げることに心血を注いできました。(ある種、「一点豪華主義」に通じるものがあるでしょう。その最たるものが大和)。
しかし実際戦ってみると、技術の粋を凝らして作った艦船がいとも簡単にやられてしまうわけで、大量生産以外に勝つ道はないという結論に達します。とはいうものの日本海軍にそういった発想は希薄だったので、組織的な改革とかないままに生産側に作れ作れと命じる。
西島亮二などがいなかったら艦船の量産はありえなかったでしょう。
まず量産化を進めたのが商船(輸送船)です。海軍将校の一人が、戦争を槍に喩えると、艦艇は鏃(やじり)で商船が柄だと言っています。商船がなければ槍を突くことはできない。それだけ商船は重要だということです。
確かに開戦直前の御前会議(だったと思います)で、商船不足による資源供給の断絶を憂慮する声があがり、海軍は調査します。その調査には西島が当たりますが、多くの仮定に基づく危ないものであり、仮定が間違っていれば結論が違ってくるという忠告します。にも関わらず海軍軍令部はその数字を精査することなく提出します。まったくダメです。おかげで対米戦が始まるとみるみる商船が不足し(調査に使った商船損失の数字が第一次世界大戦のもので攻撃兵器の高性能化により損失率は高まっていた)、商船の量産を強行することになります。(しかし商船の管轄は海軍ではなく逓信省なので縦割り行政による縄張り争いが起こったりします。)
西島は実物大の立体模型を作って輸送艦の生産性を高めていきます。量産では同じ形状のパーツを多数必要とするので、模型を作っておければそれを雛形に生産できます。あと艦内の装置もあらかじめ模型に合わせて作っておけば、船殻に収められます。そうすれば船殻の建造と同時並行で艦内装備を作れるので、生産スピードが高まります。今なら当たり前そうですが、当時はそうではなかったのです。西島は問題があれば解決策を考える技術者だったそうです。一方、軍令部はとにかく生産側にハッパをかければ生産性があがるという姿勢です。
しかし生産性などまったく考えていなかった日本海軍の生産システムではやはり生産スピードを高めるには労働集約型になるしかなく、労働者は月月火火木金金で働かされ、素人の徴用工も多く、サボってばかりいたそうです。でも女学生はがんばったそうですよ。そうやってがんばる女学生を、監督官の海軍中佐が止めさせたりして、とにかくちぐはぐです。
いくら人海戦術を駆使しても、工業力の高いアメリカとは戦いになりません。そういう試算は開戦前からあったそうですが、担当者がそれを信じられなかったということもあります。堀という技術者の結論:
日本には造兵技術者、航空技術者など多数いたけれども、国防のカギとなるべき総合的な時勢のうごきをながめ、技術と工学と生産工学との発展を分析し、技術と兵術の将来を予測する役割の“軍事技術者”は、ただの一人もいなかったという事実を認識することが、大和、武蔵が残した最大の教訓である」
沖縄に水上特攻する大和の修理を指揮したのも、大和を建造を現場で指揮した西島でした。特攻する大和にはドイツで一緒に勤務した先任参謀の山本裕ニ大佐が乗艦していました。西島が会いに行くと、死を覚悟する山本大佐は「貴様がつくって最後に整備した艦に乗って出撃し、その艦を棺桶とするのはうれしい」と言ったそうです。
本土までアメリカ軍艦隊が迫っている状況では海上兵力など無意味となり、海軍の造船工場までも局地戦闘機や特攻戦闘機を作るようになります。しかしB29の爆撃により関東の武蔵野や中京の工業地帯が壊滅したため、部品の供給も滞り、航空機生産ができなくなります。そして原爆の投下。もう敗戦は確実です。
そんななか堀は「本当に意味のあることに時間を使い、努力を振り向けなければならない」と考え、航空機を生産していた(海軍)第十一航空廠の「自分の周囲の若い技術者たちのサークルで、生産技術の勉強をしようと思い立った」
その最初の勉強会を行うことにしたのが8月15日。皮肉と言えば皮肉である、新しい時代の始まりといえばそうだと思います。
これはあとがきが結論になっています。日本の復興期に造船産業が世界をリードすることになったのは、戦時中に生産性を高めることに必死に尽力した人たちがあればこそという話です。
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