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2010/09/26

トップランナー 追悼:今敏

寸止めの表現。今敏の映画を見てみてモヤモヤとした感じがあったのですが、観客に押し付けるのではなく、能動的に考えてみてもらう。三木聡の「熱海の捜査官」と同じスタンスですか。

見てるだけで泣けてきました。

オハヨウも何がなにやら(夢と現実の境目なんでしょうけど)。

トップランナーでブログの遺書を読めばよかったのにと思います。

新人賞を受賞した時の絵を見たら、大友克洋だと思ったら、大友克洋のアシスタントしてたんですね。確かにリアルな感じが大友克洋に作風が似ています。

今敏の絵コンテの緻密さはこちらで比較されてます。もうこのままで漫画です。

インタビューでもそうですが、すごく論理的ですね。

黄鉄鉱がお気に入りのもの第5位でした。わかります。

Img3e2aa03czik6zj

1つ1つは四角四面だけど結びつき方がおかしい。

内蔵された個性はない。

個性を尊重するとか、個性を伸ばすとか、もっと個性を出してという言い方をすごくしますよね。こういう言葉を繰り返し聞かせられ続けると、個性って何か内蔵されてる、自分に埋蔵されているものと思ってしまうじゃないですか。個性を表現するということは、表現すべき個性があるみたいな感じがしてしまいますよね。

だからその一時期流行った自分探ししても、本当の自分っていう物語にしてもそうなんだけど、自分の中を覗けば表現されることを待っている何がある、埋まっているようなイメージになってしまってるんですよね。でも個性っていうのは実を言えば表現するしかたであると思うんです。

外に出す時に、出すことで初めて確認されるものだと思うんですよ。だから目の前にあることまずきちんと始めてみようと。で、なんでもいいじゃないか。それはもしかしたら人から与えられた勉強かもしれないし、仕事かもしれない。あるいは、たまたま、きっかけが遭って始めた、何でもいいと思うんですよ。

それを何か一生懸命自分だったらこう関わるというような。関わり方をすれば開けることってたくさんあると思うんですよ。要するに動くことですよね。動くことによって初めて何かが見えてくるし、そのなんて言うんでしょうね。ゴールなんて設定できないだと。

これ何年か前から「東京ゴッドファーザーズ」を作っている頃からそのゴールなんか設定する考え方はしない方がいいんじゃないかと。設定しないというのはおかしいですね、逆ですかね。ゴールを設定する考え方ばかりなのは危ないんじゃないかと。

それこそさっきの、漫画家になりたいってゴールを作って漫画家になったら、さあどうするで困ってしまう(今敏自身の)例が顕著だと思うんですけど。そのゴールっていうのは進む中で常に設定されていくもので、何かこう固まった地点ではない。毎日を目の前にあることに一生懸命関わるやり方をしていけば、決して悪い所にはたどり着かないような気がするんですよ。

「どっちが得か」より、選んだ方を正しかったものにしていけば、おのずと、だって正しい選択だけをしているように見えて、その時にたどり着いた場所がゴールであるということでいいと思うんです。まずゴールを見つけなきゃとか、そういう発想を少し控えると、見えてくるものも多いんじゃないかと思いますね。

本上まなみの写真集にサインをもらってました。

ご冥福をお祈りします。

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コメント

>オハヨウ

これ、なんかよくわかる気がします。僕も、遅刻しちゃまずいっていう朝の目覚め直前に「寝坊した、ヤバイ」っていう夢をみることがよくあります。
遺書を読みましたが客観的ですごいですね。意図的かどうかわかりませんが、一瞬すでに死んだ人があの世からしゃべってるような奇妙な感覚を覚えました。

おじゃま丸さん、どうもsun
>僕も、遅刻しちゃまずいっていう朝の目覚め直前に「寝坊した、ヤバイ」っていう夢をみることがよくあります
おお、なるほど。

死に様も遺書の書き方もドラマみたいです。

パプリカや妄想代理人の方ですよね。絶望の中にあってあの力強い遺書を書いた事がまさに個性ですね。
もっと観たかったなあ。
毎度変な味わいが癖になります。
千年女優であんだけやっときながら主人公が「だって私はあの人を追ってる“自分”が好きなんだもの」とか言った時は、なんなんだよ!(笑)って思いましたhappy01

自分探しは自分を探すと言うその勘違いに気付く為に経験する意義はあると思いますが、個人を定義するのは生まれ持った性質・意思による「行動」であって、人間は自分の決めた行動に真剣であれば十分なんだろうなあと思います。
芸術や表現においても、あんまり闇雲に心の中で宝探しする様なタイプはドラマチックな奇跡を待ち望む女の子みたいなもんですかね。表現の“仕方”には着目しないのかも。
周りと比して特殊で高尚な何か…がまず内面に用意されてる、なんてのを期待しても何か違うと言うか。
特異性と個性がごっちゃになってる、主人公願望って言うか。
自分のした事の結果に胸を張って、そこに成果が伴えば最高だなってくらいの真摯な気楽さが一番ですかね。自分はネガティブで自分探し(逃げ?)好きなので改めたいです。

藤咲さん、どうもsun
妄想代理人は面白かったですね。
パプリカはまだ見てません。
見ようかなあと思ってら、お亡くなりに。
>「だって私はあの人を追ってる“自分”が好きなんだもの」
あれは笑わせてもらいました。


内面を探っていって見つかるのは、それは個性じゃなくて「普遍的無意識」かもしれないですね。

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