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2010/10/18

龍馬伝 第42話 いろは丸事件

慶応3年(1867年)4月23日午後11時頃、4日前に長崎を出港したいろは丸は、10名の客と大坂で売る米や砂糖などの荷を載せて、瀬戸内海の讃岐湾にさしかかった。

(実際のいろは丸の事件についてはhttp://homepage3.nifty.com/kaientaidesu/html/ziken7.htmなど)

まもなく塩飽諸島というところで潮が急になり、霧が深くなってきた。龍馬は気をつけて航海せよと当番に命じるや否や、激しい衝撃音とともにいろは丸が大きく左右に揺さぶられた。座礁かと龍馬が叫ぶ。まだ状況はわからない。混乱する船内。龍馬が甲板に出てみると、巨大な船がいろは丸の左舷にぶつかってきた。なんじゃこりゃ!龍馬が怒鳴った。総短艇用意の声が飛ぶ。

いろは丸に衝突したのは徳川御三家のひとつ、紀州藩の明光丸であった。

160トンのいろは丸に対して、明光丸は887トン。いろは丸の乗員乗客は素早く、明光丸に乗り移り、全員助かったが、2度の衝突を受けたいろは丸は積み荷もろとも瀬戸内海に沈んだ。明光丸の縁からその光景を見ながら、海援隊の隊士たちは悲痛な声を上げた。

翌朝4月24日、龍馬たち海援隊と乗客たちは明光丸に送られて、鞆の津の船宿に身を落ち着かせた。龍馬が乗客に災難に遭わせてしまってもうしわけないと詫び、必要な金や大坂への足は用意させてもらうと言った。

そこに紀州藩・明光丸仕入手代・岡本覚十郎が同藩士たちを従えてやってきて、いろは丸の船長に面会を求めた。龍馬が出ていき、才谷梅太郎と名乗った。岡本覚十郎はこのたびはまこと残念なこととなり、いろは丸の方々には心からご同情申し上げると頭を下げ、千両を見舞金として渡し、宿代も持つといって去ろうする。ちっくと待ちや!と沢村惣之丞が岡本を呼び止める。これで終わらせようゆうがかえ!紀州出身の陸奥もぶつかって来たのは明光丸のほうだと言い、自分たちは船も積み荷もすべて失ったと怒りを顕にする。龍馬は見舞金は、乗客に配る分として有り難く頂くとして、自分たちの分はまた別ぜよと岡本に釘を差した。衝突の原因を明らかにし、どちらに非があるかを確かめた上で、賠償金を決めて頂かんといかんがじゃき。

岡本が笑う。何がおかしいと惣之丞が食って掛かる。岡本が言う。天下の紀州藩に脱藩浪士どもが吠えかかってくるとは、ここに留まって談判している暇はないんや、我々は明光丸で長崎に向かわねばならんと龍馬たちに背を向けた。ほんなら長崎で改めてお話しましょうと龍馬が岡本の背を睨んだ。岡本が振り返る。紀州藩士が龍馬の前に立ちふさがると、龍馬は岡本を見たまま、その藩士に足払いを食らわせた。

3日後、長崎・引田屋で大洲藩の井上将作らと酒宴を囲む岩崎弥太郎のもとに、いろは丸沈没の知らせが届いた。井上将作は弥太郎を、自分たちの藩の勘定方も舌を巻くほどのやり手ですなあと持ち上げると、弥太郎は子供の頃からさんざん苦労しましたき、金のことには厳しいがですと図に乗った。さらに井上が弥太郎を大洲藩に欲しいくらいじゃと言うと、弥太郎はさらに調子に乗って、ほんなら大洲藩に行きましょうかと冗談を言って笑い飛ばした。そこにいろは丸が沈んだと土佐藩士が弥太郎に耳打ちし、弥太郎は飲んでいた酒を吹き出した。

長崎・土佐商会。土下座する龍馬。それを屋敷から見下ろす後藤象二郎。船を借りるのにどれだけ苦労したかと怒る弥太郎。すまん弥太郎と龍馬が詫びる。謝ったち遅いがじゃと弥太郎。大洲藩はいろは丸の代金3万両を全額弁償せえと言うがじゃぞ!沈んでしもうた積み荷の分の1万3千両も返さんといかんがじゃき!

もうえい!と立っていた後藤象二郎が弥太郎を止める。借金は岩崎が何とかする代わりに、これから一切、自分の言うとおりに動いてもらうぜよと龍馬に言った。金は全額、紀州に払ってもらいますきにと龍馬が返した。ぶつかってきたのは明光丸の方であって、このまま泣き寝入りするつもりはありませんき。紀州と喧嘩するつもりがか?と後藤。相手は徳川御三家、勝てる見込みはまずない。

龍馬が答える。おそらく、これは日本で最初の蒸気船同士の事故ですろう。蒸気船はこれからどんどん増えていきますきに、同じような事故がまた起こるがです。その時は必ず、最初の事故が引き合いに出されるがです。土佐は紀州に泣き寝入りしたと。龍馬は後藤を見た。船の事故はたとえ、どればあ相手に非があろうと、力の弱い者が引き下がる。土佐がそう思われてもえいですろうか、後藤様?

後藤は龍馬の紀州との喧嘩に乗ることにし、弥太郎に紀州の談判に加わるように命じた。そこまで言うなら覚悟はできちゅうのぉ?と後藤が龍馬に確かめた。もし負けたら腹を切りや。わかりましたきと龍馬は承諾した。

長崎・紀州藩邸。岡本が脱藩浪士が談判を申し込んできたと、紀州藩勘定奉行・茂田一次郎(なんだこの中尾彬の存在感!)に報告する。本の手入れをしていた茂田は溜め息をついた。

弥太郎が大浦慶、グラバー、小曽根乾堂の3人の商人に積み荷の大坂での売り値を聞いた。なぜかと問われて紀州との談判の材料にするためだと答えた。お慶が乾堂に、どれくらい頼んだかを尋ねた。ざっと千両と乾堂と答えるが、紀州が相手ではいくら坂本様でもと言葉を濁した。お慶が弥太郎に、紀州から賠償金を取れなかったら、当然土佐が払ってくれるんでしょうねと凄んだ。取れんかったら、ワシの命がないがじゃ!と弥太郎が喚く。泣き寝入りですか!と乾堂。心配すな!と弥太郎が立ち上がる。この岩崎弥太郎がぶんどっちゃる!ワシはこんなところで、潰れるわけには、いかんがぜよ!

弥太郎たちに酌をしていたお元が女将に呼ばれる。女将のもとに行ってみると、海援隊の方からと文を渡された。それは龍馬からの頼みであった。

慶応3年5月15日、海援隊と紀州藩との談判は長崎・聖徳寺で始まった。龍馬が紀州藩出身の陸奥陽之助に、紀州藩との談判ゆえ面倒なことになるなら席を外しても構わないと言った。気にせんといてください、わいは紀州を捨てたんやと陸奥が席につく。陽之助の父は伊達宗広といい、紀州藩の勘定奉行を務めていたが、陽之助が9歳のときに(改革反対派の水野忠央によって)失脚させられた。紀州がどうなろうとしらんと陸奥は言う。わいは海援隊の隊士や。日本のために働いておるんですわ。そうかえと龍馬は笑って陸奥の肩を叩いた。

少し遅れて、岡本覚十郎を先頭にして明光丸船長・高柳楠之助など紀州藩の者たちがやってくる。挨拶もそこそこに、わしらは忙しいんじゃ、さっさと終わらせようと紀州藩の者たちが言った。怒る惣之丞を龍馬が宥める。

非はいろは丸にあると紀州側は断言する。初めに明光丸の見張りが近づいてくる蒸気船を発見し、衝突を避けようとした。しかしいろは丸は、明光丸を避けようともせず、突き進んできた。明光丸は左へ舵を切ったが間に合わず、ぶつかってしまったと説明した。

でたらめや!わいらが明光丸を避けようとしたんやと陸奥が反論する。

紀州側は聞く耳を持たず、話を続ける。いろは丸にはお互いの位置を確認しあうための、ブーフランプも点いていなかった。そんなはずあるかと陸奥。夜中の海を明かりを点けんと、走るわけがないろうと惣之丞が怒鳴る。

いろは丸の水夫がそう言うたそうじゃと岡本。誰がそう言うたがじゃと弥太郎が尋ねる。その水夫の名はわからんけど、確かに聞いたんやと紀州側。ほんじゃき誰ぜ!と弥太郎が苛立つ。もうえいと龍馬が皆を制する。水掛け論になるだけじゃき。ただ捲くし立てるだけの弥太郎を龍馬は制し、自分たちより明光丸がいろは丸に気がついたというのは嘘ではないかと問い質した。龍馬は2隻が衝突したすぐ後、明光丸に乗り移り、明光丸の航海日誌を確認すると、見張りの記録はなかった。

明光丸には一人も見張りが立っちょらんかったではないですろうか?と龍馬が紀州側に航海日誌を見せるように要求した。紀州側が航海日誌を差し出し、陸奥が確認すると、「見張り 佐々倉 松田 浜岡(?)と書かれていた。話はこれで終わりやと紀州側が席を立つと、龍馬は自分が見たときには何も書いてなかったと語気を強めた。改竄などしとらんと怒鳴る紀州側に龍馬は詰め寄り、こう問うた。

ほんならどういて、明光丸は2度も突っ込んできたがですろうか?最初の衝突だけやったら、いろは丸は沈まんかったかもしれん。正しい指示が出せんかったがは、甲板には見張りの士官が一人もおらんかったからではないですろうか?

何も答えずに去ろうとする紀州側を弥太郎が追いかける。この事故には明光丸の非を認める材料が山ほどあるがじゃき!土佐藩は紀州藩に対し、いろは丸の代金5万両、積み荷の代金3万3千両、合わせて8万3千両の弁償を求めた(実際はいろは丸3万両、積み荷1万3千両)。なにを阿呆なことを紀州側が弥太郎の周りに集まる。岡本が言い放つ。事ここに至っては、ご公儀の判断に委ねるのはいかがか?これ以上の談判をお望みなら、長崎奉行の裁定を仰ぎたい!長崎奉行の裁定が、徳川家である紀州にとって有利になるのは明白であった。

去っていく紀州側を惣之丞たちが追いかけるが、龍馬が今日はもういいとやめさせた。龍馬はまた紀州との談判の機会があると皆に言った。そのための手はすでに打ってあった。

引田屋・小梅の間。紀州藩士たちが酒を飲んでいた。岩崎弥太郎は後藤の肝入りで出世しただの、8万3千両もふっかける食わせ者だの、才谷梅太郎は脱藩浪士の分際でふてぶてしい態度が気に食わないだの、口々に海援隊側を罵った。もういい決着はついたと一人が言う。そこに小唄が聞こえてくる。

「はあ、よさこい よさこい 船を沈めたその償いは 金を取らずに 国を取る~ はあ よさこい よさこい 国を取って ミカンを食らう はあ よさこい よさこい 晩に来い」

それは梅の間の客たちが歌だった。お元が三味線を鳴らし、お慶が他の客たちと歌う。

わしらのことかい!と紀州藩士たちが立ち上がる。

お慶が(船を沈められた償いに)、金どころか、国まで取って、紀州のミカンを食ろうてやるとはと説明する。あの喧嘩のことだねと同席する客が聞く。芸妓の一人がお元に誰が作った歌かと尋ねるが、お元はいつの間にやらお客さんたちがとしらばくれる。へえと頷くお慶。つまらん歌、歌うなと紀州藩士が怒鳴るが、誰も耳を貸さず、歌は続いた。

龍馬に与する者たちによって、長崎じゅうに海援隊の肩を持ち、紀州藩を笑い者にする歌が広まっていった。海援隊では廻船の法規の資料を集め、次の談判への準備を進めた。

岡本は茂田に、紀州を馬鹿にした戯れ歌のことを報告した。茂田は放っておけばいいと一蹴したが、放っておけばいろは丸事件は紀州藩が悪かったと世間で思われてしまうと岡田が警告した。茂田はことの重大さを認識した。

紀州は怒り狂うちょるぞ、もう打つ手はないろう坂本?と後藤が龍馬に詰め寄る。しまいじゃ、おんしものぉと後藤は弥太郎を一瞥する。ちっくと待ってつかあさいと龍馬が言う。必ず紀州藩は再び、談判を申し入れてくるはずですき。その時には後藤にも同席を願いたいと龍馬は頼んだ。海援隊の不始末をどうしてワシが?と後藤。龍馬が笑う。土佐藩は日本を変える要になると覚悟を決めたがですろう。たかが紀州一藩に怯んじょうようでは、幕府を倒すらあ、到底できんがじゃきと後藤の自尊心を刺激した。何じゃとと後藤は龍馬が撒いたエサに食いついた。

龍馬が後藤を向いた。これは単なる事故の談判ではありませんき。いろは丸と明光丸の衝突は土佐と幕府の衝突じゃ。この談判の行方を長州、薩摩、それだけではのうて、諸藩が息を潜めて見つめゆう。わしが勝てば、「あっぱれ土佐」と諸藩から喝采を受け、流れは一気に変わるがじゃ。

勝ち目はあるがか?と後藤が龍馬に問うた。ワシは負け戦はせんですきと龍馬は答えた。

この時、龍馬は三吉慎蔵に手紙をしたためた。紀州との喧嘩でまた自分は恨みを買うかもしれない。自分に万が一のことがあったら、長州で預かってもらっているお龍を土佐の本家に送って欲しいと頼んだ。

慶応3年5月22日、龍馬の言ったとおり、2度目の談判は紀州側から申し込んできた。今回の談判には茂田も同席した。あの歌を流行らせたのはお前たちやろうと茂田が目の前にに座る海援隊を見回した。あれは誰かが勝手に歌い始めたがですきと惣之丞が答える。紀州に喧嘩を売るとは、恐れを知らんのぉと茂田が脅すかのように海援隊を嘲笑った。

それに動じす、龍馬は談判を始めた。弥太郎が前回の談判で明らかになったことを読み上げようとすると、岡本が口を挟み、前回の衝突を避けようとした明光丸にいろは丸がぶつかって来たと主張し、衝突を回避すべきは小回りの利く、いろは丸であり、2度目の接触はいろは丸の乗組員を助けようとして起きたものであると述べた。

弥太郎が食ってかかる。沈没まで至った事故を「触った」で済まそうとするがは、あまりにも無理がありますろう。そうかと茂田。これ以上のやり取りは意味がない。お上に決断を願おうと龍馬を見た。ちっくと待ってつかあさいと龍馬。船同士の衝突事故は世界共通で定められちゅう公法で決着すべきではないですろうかと、懐から萬國公法を取り出した。

龍馬は話を続けた。国同士が揉め事を起こさんよう、ここには共通の決まり事が書かれちょります。これから日本国が世界に認めてもらう国になるためには、まずこの法を守らんといかんがじゃき。それでも徳川幕府に判断を委ねると言い張るやったら、紀州藩は野蛮人の集まりじゃと、世界中から笑われますろう。それこそが、徳川幕府の、いや帝の御名を汚すことになりませんろうかと茂田を睨んだ。

じっと聞いていた茂田がしばらくして口を開いた。お前は……才谷とかいうたな。ここで萬國公法を持ち出してくるとはと笑った。わかったそうしようと口で言いながら、龍馬にこう切り返した。誰が世界の法をもって裁くというんや?この長崎に、いや日本に、そのような裁きを下せる者などおらん!と判じた。

龍馬が陸奥に、お呼びしいやと命じた。陸奥が席を立ち、迎えに言った。いつまで待たせる気じゃと後藤象二郎が怒りながら入ってくると、茂田に土佐藩参政・後藤象二郎と名乗った。紀州側が動揺する。そして後藤は英国海軍提督ヘンリー・ケッペルを紹介した。才谷がどういても間に立ってもらいたい言うもんで、自分がお願いして来ていただいたと紀州側に説明した。茂田から余裕の笑みが消え、龍馬を見た。

ケッペルの海難審判に関する英語での説明を、陸奥が通訳する。船同士による衝突は世界のどこでも起こりうることである、ゆえに航海法に則って裁定を下さねばならない。それが世界のルール(決まり)だと語った。

茂田が龍馬に尋ねた。お前は何者や?

龍馬が答えた。わしらはただの脱藩浪士ですき。

そして龍馬は机の萬國公法に手を置き、最初から始めましょうかと紀州側を見回した。

結局、紀州は事故の原因は明光丸にあると認め、賠償金8万3千両を支払うことで合意した。龍馬たちは紀州に勝った。

賠償金を4万両も上乗せした弥太郎にはたまげたと龍馬。何が悪いぜと弥太郎。沈んでいなかったら、いろは丸は何回も使えて、金を稼いだがぜよ。4万両のその分じゃと言った。海援隊の事務所の二階に上がった弥太郎を見上げ、龍馬が両手を開いて褒めちぎる。さすが弥太郎じゃ!大出世するだけのことはあるぜよ!みんな岩崎弥太郎様々ぜよ!

なれなれしゅうすな!と弥太郎。わしに触りなや!土佐商会の主任に向こうて!と海援隊隊士たちの手を払う。

大藩・紀州を打ち負かした海援隊の名声は日本国じゅうに響き渡った。京の西郷吉之助はこれで土佐も倒幕に向けて勢いづくと確信した。容堂はいろは丸の談判の報告を読むと、京へ上ることを決意し、後藤にも急ぎ上洛するよう命じた。そして盃に注がれた酒を、一度は口に運ぼうとするが飲まずに、手紙の上に注いだ。

長崎の岬にいるお元に龍馬が会いに来る。お元は龍馬が紀州を打ち負かしたことを喜んだ。龍馬はお元に歌の件を感謝し、金が入ったら分け前を貰ってくれと言った。お金なんか要らないとお元。坂本さんは、うちの希望ですけん。大っ嫌いなこの国ば、大っ嫌いなうちの人生ば、変えてくれるとは、坂本さんでしょう?

龍馬がお元を見る。おまんがこの国から逃げ出して異国に行きたいち言うた時には、ワシはおこがましいかもしれんけんど、おまんを助けてやりたいち、そう思うたがぜよ。龍馬が泣きそうなお元の肩に手を置く。おまんちゃあ悪いことらしちゃあせん。異国の神様は、決しておまんを見捨てたりはせんき。お元が泣き出した。龍馬が宥める。おまんが泣いたら、ワシまで悲しゅうなってしまうがぜよ。

そして持ってきた酒を注いだ。そこに3人の頭巾をかぶった侍が現れる。龍馬はお元をかばい、何者ぜおんしらと問うが、相手は答えない。

一人が龍馬に横から斬りかかる。龍馬は身を屈めて刀をかわす。二打目を振りかぶったとこを龍馬に腕を掴まれ、押し倒される。いきなり斬りつけてくるとは、おまんら奉行所の役人ではないのぉと龍馬。龍馬がお元を連れて逃げる。頭巾の一人が後ろから追ってきて、龍馬に刀を振り下ろす。お元が坂本さんと叫ぶ。龍馬はお元から手を放し、身を翻すとその者の肩を押して地面に突き倒した。お前は才谷と違うんかと頭巾の一人が叫ぶ。なるほどのぉと龍馬が冷ややかに笑う。紀州の人らかえ。

三人が龍馬を囲む。龍馬は斬りかかってくる頭巾の男たちを素手で倒し、一人から刀を奪うとそれを首に突きつけ、頭巾をひん剥いた。それは岡本覚十郎であった。龍馬が岡本に顔を近づける。徳川御三家いうがは、談判に負けた腹いせにこういうことをするがかえ。龍馬が手を離すと岡本は逃げた。龍馬はおまんらにワシは斬れんぜよと、握っていた刀を投げ捨てた。岡本はその刀を拾うと、他の二人の紀州藩士とともに捨て台詞を吐いて逃げ去った。

龍馬暗殺まであと6月。

尖閣諸島で海上保安庁の巡視船にぶつかてきた中国人船長拘留の話となんが似ているよな似てないような。

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コメント

熱かったですよねこのエピソード!事実を力で曲げられちゃ、後の世にまで禍根が残る…龍馬の主張は正に現実をよく理解した上での物であり、それを口にした「義」はこれぞ大和男の姿なりって感じです!!
弥太郎の、四万上乗せしちゃう商人魂が痺れます。
全然関係無いですがゴールデンタイムラバーの「男ならば潔く散ってやるくらいの覚悟で挑め!!」「ぎりぎりを攻めろ アテンション!!危ないぜ 限界超えて」ってフレーズが再生されちゃいました、やっぱり男たちがかっこいい!!(笑)
中尾彬は本人の要望かマフラー巻いて若干ねじっててにやけました。
あれもう彬固有の斬魄刀か何かでしょう。


菅内閣いやさ民主党は龍馬に成り損ねましたね。
折れる国と思われてしまいました。
千年祟る禍根が残り、今の私達にも中国の脅威が現実として見えて来て、まあ訳の解らない展開ですよ。
反日デモだのニュースになってますが、日本国内の一般人が集まった健全な“抗議デモ”は無視され(仙石は批判してました)、中国の暴徒による“反日暴動”は放送され、言論人は経済格差の問題を引き合いに出しながら擁護…
何だか、本当に、何なんでしょうか。
日本国内のデモ参加者を極右だの間違ってるだの吐き捨てる連中ばかり。
鳥越曰く「民意は信用ならん。私達メディアが導き、正しい世論を作る」だそうで、やっぱジャーナリストはそう言った意識かよと。
いつからメディアが民の上に立つ国になったのよ、民主主義否定してでも特定の思想に国民を合わせようとするなんてあほかと。
民の義が勝つのはドラマだけですかって思います。
まあ日本国内のデモは暴動では無く明確な意思表示であるから報道しないのでしょうね。
もし暴動だったら批判材料にする為の報道をするでしょうが、現実には理性的に現政権>メディア>中国共産党と言った感じの優先度で批判してるからありのまま扱えんのかなあ…
腹が立ちます。

藤咲さん、どうもsun
最終シーズンの弥太郎は笑いにビジネスに大活躍です。弥太郎好きにはたまりません。ハーバードの熱血授業然り、日本人は欧米人に弱い、龍馬はわかってるなあと思った次第です。中尾彬といえばねじり!弥太郎の袴にジャケットも結構好きですね。

中国の無秩序なデモもなんか、中国で日本の右翼が中国大使館を包囲するとかいう情報が流れたからなのか、もう水掛け論ぽいです。
http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2010&d=1015&f=national_1015_108.shtml

>鳥越曰く「民意は信用ならん。私達メディアが導き、正しい世論を作る」だそうで
傲慢にも程があります。よくそんなスタンスで、オーマイニュースとかやってたなと呆れてしまいます。しかも責任は取らない鳥越さんってことなんでしょうね。民主主義でもなければ独裁を志向しているわけでもない、まさに外野席です。

尖閣問題、中国は煽って自爆しているように見えます。

レアメタルの件をWTOか何かに訴えたらいいんですよ。これはあの小唄と同じ効果があると思います。ジャイアンはどっちだと。

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