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2010/12/27

坂の上の雲 第9回 広瀬、死す

タイトル通り、ただひたすらに広瀬武夫の最期を描いた話です。

広瀬武夫、これぞ日本男児です。ただひたすらに男前。

CGもよく出来ていて、艦隊もカッコよかったです。

閉塞作戦の広瀬が燃える船の中、部下を捜し回るところとか圧巻でした。

思ったよりも戦闘シーンが良かったです。

冒頭の東郷平八郎が艦隊将校とともにシャンペン(?)を酌み交わすシーンの船室がよく出来てるなあと感心しました。

大命が下りもした。

連合艦隊参謀長 島村速雄が読み上げる。

連合艦隊はかねての画策により、まずロシア太平洋艦隊を撃滅して海上の統制をせんと欲す。直ちにこれより黄海に進み、旅順港および仁川港にある敵の艦隊を撃滅せんとす。

この役(えき)は実に国家の安危にかかるところ。諸官願わくば努力せよ。

我々が今日まで長か間、夜となく昼となく訓練を重ねてきたとは、まさに今日に応ぜんがためであった。ここに一同の勇戦奮闘を望み、前途の成功を期して杯を挙げる。

いざ!

カッコイイっす。シャンパンで杯を挙げるとは、銀河英雄伝説の帝国軍みたいです。

広瀬が真之に自分の役目を探して欲しいと頼むところ。

今度のロシアとの戦は俺にとって特別な意味がある。いわば、仲の良い兄弟と殺し合うようなもんじゃけん。俺にしかできん役目があるはずじゃ。その役目を見つけるのが参謀のお前の仕事じゃ。生還を望むべくもない作戦でも構わんち。

ナレーション:この旅順軍港はロシアが山も島も湾口も鉄とコンクリートで鎧(よろ)ってしまうほどの砲台群で武装していることは、日本側も想像している。ロシア艦隊はそこを巣にしている。それを撃つといっても、とても入り込むことはできない。「港外に誘いだして撃つ」というのが、最初からの考えであった。出てくるかどうかが、日露間の海軍の勝敗のわかれ目になるはずであった。

極東総督アレクセーエフはきっとロシアでも悪者扱いなんでしょう。戦争で一儲けしようと企んでいる自分にとって都合の悪い、朝鮮における日本の利権を認めた皇帝の返答を在日ロシア公使のローゼンに送らず、日本がロシアとの国交を断絶した事実を新聞に載せないとは、やりたい放題の小沢一郎状態じゃないですか。

日本海軍の駆逐隊の奇襲を、祝砲を間違えるってまるで真珠湾攻撃を受けたアメリカ海軍のようです。

しかし駆逐隊による奇襲攻撃の戦果が上がらなかったため(当時の技術ではしょうがないのでは)、敵艦隊を旅順港から出れないように水路を封鎖する閉塞作戦が行われることになります。ロシアでも魚雷はトルピーダ(?)みたいな英語に似た言葉なんですね。

アレクセーエフは日本が宣戦布告なしにロシア艦隊を攻撃したとして国際世論を味方につけるつもりだったのですが、国際世論はロシア側になびかず(ロシアの拡張主義は脅威とみなされていたわけで)、アレクセーエフ涙目。開戦前に宣戦布告がかならずしも必要なかったというくだりですが、最後通牒は必要だったと思います。

正岡律は原作と違ってまだ登場するんですね。銃後の話に厚みが出て、いいと思います。

少将となり、第一騎兵旅団の旅団長に補せられた好古が真之に当てた手紙の一節:

淳よ、参謀の任務は円転滑脱、上下の油となり成功を期するにあり。決して功名を求めてはいかん。そもそも国家の衰退は上流社会の腐敗によって起こる。我が一族は国家の利益のために尽くすも、そのことで自ら、名誉と利益を受けず。戦場で最後を遂げてこそ、男子一生の快事なり!

閉塞作戦の実行部隊を水兵たちが帽子を振って見送る姿は、見ているこっちの士気も上がります。報国丸の指揮を執る広瀬がロシア語で船に掲げたメッセージがいいです。

尊敬すべきロシア海軍諸君、請う、余を記憶せよ。余は日本の海軍少佐、広瀬武夫なり。報国丸をもって、ここに来(きた)る。さらにまた幾回かここに来たらんとす。我が親しき友よ、健やかなれ。

このメッセージについて部下の栗田が尋ねると、広瀬がこう答えます。

友人への手紙だ。お互いに武士道精神に則り、正々堂々戦おう。そして戦いが終わったら、仲よく一杯やろう。

なんて気持ちのいい連中なんでしょう。

しかし閉塞作戦は失敗。生還した広瀬が、失敗したことを咎められた真之に言います。

秋山、俺はお前の作戦を信じちょる。次の閉塞戦が楽しみじゃ。旅順艦隊におる俺の友人たちもあの垂れ幕を読んで、きっと俺を待っちょる。

連合艦隊はもう一度閉塞戦を試みます。

しかし作戦は失敗。広瀬は閉塞船を自沈させることに成功するも、カッターに乗り込んでも脱出する際に砲撃を受けて海に落ちます。

ナレーション:旅順で発行されていた新聞「ノーヴィ・クライ」は4月3日付で、広瀬武夫の師について詳細な記事を残している。その記事によれば、「福井丸」の船首付近で日本人将校の遺体を発見。ロシア海軍はその勇猛果敢なる将校の死を悼み、ロシア正教にのっとり、手厚く葬儀を行った。ロシアの水兵が棺を運び、聖歌隊が葬送の曲を歌う中、葬られたという。

アリアズナは海軍少将の娘でありながら、その未来の夫である日本海軍の士官のために喪に服した。

海軍の作戦は失敗に終わった。敵の旅順港内には世界有数の大艦隊が潜伏している。もしこの大艦隊が自由に海上にのさばり出れば、日本は海上補給を断たれ、満州に上陸した陸軍は孤軍と化し、敵の襲来を待たずして立ち枯れてしまうのは当然であった。連合艦隊はその旅順の口を塞いで、敵が出て来ないように封鎖している。

この状況を打ち破る方法がただ一つあった。陸軍による旅順要塞の攻略である。旅順攻撃は維新後、近代化を急いだ日本人にとって、はじめて「近代」というものの恐ろしさに接した最初の体験であったかもしれない。要塞そのものが「近代」を象徴していた。

それを知ることを、日本人は血で購うことになる。

第三部は来年12月なのか!

どんな閉塞作戦だ!

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