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2010/12/12

SPEC 壬(JIN)の回 冥王降臨

半端なく面白い!最終回を前に激しく盛り上がります。

一 十一(ニノマエ・ジュウイチ)を縦書きすると「王」。死をもたらす王ゆえに冥王。野々村係長をはじめ、みんなかっこ良すぎます。

世界各国のSPEC HOLDERの会議に現れたニノマエは、約束と違うじゃないかと怒りを顕にする。するとあばた顔の日本人の男が口を開いた。
「子供が大人の決定に口を出すなっていうことだよ」
「カッチーン」
ニノマエが指を鳴らす。男が振り返る。
「何のつもりだ?」
「お前らに警告する。つうかアンタしかもういないけどね」
あばたの男が慌てて向き直ると、SPEC HOLDERたちが座っていた席に小さなダルマが置かれていた。
「殺したのか?!」
ニノマエが不敵な笑みを浮かべ、アバタの男に手鏡を向ける。
「顔見て」
男が鏡を覗く。男の右頬から鼻先をつたって左頬へ顔を横切る赤い点線が引かれていた。
「何のマネだ!」
「お前の顔の切り取り線。次はその線に沿って頭部を真っ二つ」
ニノマエが男の赤い点線を中指ですっとなぞる。
「ひいい!」
男が腰を抜かして椅子にへたり込む。ニノマエが恫喝する。
「二度と僕に逆らうなと全レベルに伝えろ。ハハハハハ」
ニノマエは男に鏡を向けながらおかしな顔といわんばかりに狂喜し、飛び跳ねる。

警視庁の地下・元未詳。
「全部止められちゃった」
毛布をかぶって椅子に座る野々村係長が真っ暗な室内で呟く。
「係長ォ何やってすか手伝ってくださいよ~」
当麻の声がする。
「エレベーターホール塞がれちゃったんで、一旦桜田門に出て国交省側の通気口から、入るんすよ」
「凄いの持ってきたねえ」
野々村係長が感心する。当麻は夜間撮影照明用の大型ライトを運んできた。
「上の奴らが、電気水道エアコンと徹底的に止めやがったんで仕方ないっすよ。実力行使です」
「未詳がお取り潰しになっちゃたからってひどいことだ」
「んだんだ」
汗だくになった当麻が野々村係長の隣にある椅子に体を投げ出す。
「そのライト、どっから持ってきたの?」と係長が訊く。
「桜田通りで撮影やってて落ちてました。ラッキーっすよね」
「えッ当麻君!?」
「何すか、何か問題ですか!?」
当麻が逆ギレする。
「てか犯罪ですか?何罪ですか?道に落ちてた撮影照明、借りたパク罪ですか!」
「窃盗罪」と野々村係長。
しまったと当麻が眼を丸くする。
「まさか、まさか、まサカイマサキは、スパイダース、気づかなかったの?」
野々村係長が渋い声で当麻に問いただす。
「大丈夫です。想定内です」
そう言う当麻は目を見開いたまま、明らかに動揺している。
「てか寒いっすね。ストーブをつけますか」
当麻は立ち上がると、暗がりから電気ストーブを運んできた。
「おおストーブ」
と係長が喜んだものの、一転
「電源は?」とまた渋い声で訊く。
うっかりやさんの当麻がまた暗がりに走って戻り、工事用の延長コードを持って帰ってきた。

「これ、当麻の野郎が科捜研に持ち込んだ歯ブラシのDNA鑑定結果を横流しさせたんですが……」
猪俣がパソコン上で暗号ソフトのインストールボタンへマウスを動かす。その脇で馬場管理官と鹿浜がパソコン画面を見ている。パソコンの壁紙はなぜか毛蟹。
「この暗号ソフトをインストールして……」
猪俣が「はい」ボタンをクリックすると、インストールが始まった。インストール中は絶対に電源を切らないでくださいというメッセージが出る。その部屋のコンセントに、当麻が暖房用に引っ張ってきた延長コードのプラグが差し込まれているのを三人は知らない。
「捜査一課の辺りから電源を引いてきたんですよ。あいつら馬鹿だから気づきませんよ」
当麻が延長コードに三ツ又コンセントを取り付けて、相当な数のプラグを差し込んでいく。
「電気も窃盗罪だけど、まあいっか、署内だし」
と野々村係長が笑う。
当麻が電気ストーブのセッティングを終えて電源をONにする。ストーブが赤く光る。
「ストーブいいな。暖かいな」とストーブの前で当麻が悦に浸る。
「いいねえ。ペチカみたいだ」と野々村係長。
「あっ、鍋しますか?流行りのたこ焼き鍋しますか?」
と当麻がたこ焼きがどっさり入った鉄鍋を電磁調理器の上に置く。楽しみだねえと野々村係長が笑った直後、タコ足のしすぎてブレーカーが落ちた。
「あ!ヤベ! ヒロシ」と当麻。(矢部浩之のこと?岡村さん復活してよかったですね)

当然、猪俣たちがいた部屋の電源も落ちて真っ暗になる。
「いやーん」と猪俣が泣く。

元未詳に馬場管理官が猪俣と鹿浜を連れて乗り込んでくる。
「あんたら何したんか分かっとる!?」
撮影照明を直した(何があった?)猪俣が怒る。
申し訳ございませんでしたと野々村係長が頭を下げる。
「わしの大事なパソコンがクラッシュしてしもうた」と猪俣が文句を言う。
「今どき電源切れてクラッシュするパソコンの方が珍しいわ」と当麻が毒づく。
「何カバチたれとんのや!」とキレる猪俣を、馬場は制止すると野々村係長に
「なぜまだこの地底に?給料も止まっているはずだが?」
と尋ねた。
「実は、瀬文君の帰りを待っておりまして」
「瀬文?」
「そういや辞表ありましたよね。どうしたんですか?」と当麻。
「いや~ワシは知らん」
野々村係長はしらばっくれ、瀬文の机に置かれていた辞表に餃子の置物をぶつけて、運良く開いていた引き出しに入れた。
「とぼけるなら、公文書毀棄罪で逮捕すっぞ」と鹿浜が脅す。
「逮捕?なんで?」と野々村係長が聞き返す。
「もうあんた一般市民だから」と鹿浜。
「それもそうだ」
そう頷く当麻は誰の味方かよくわからない。
「即刻、明け渡してもらいたい」
馬場管理官が通告する。
「警察手帳は人事へ。拳銃などは私が預かろう」
「はい……可及的速やかに」
野々村係長が頭を下げるが、その実は長引かせようとする牛歩戦術。
NOW!JUST NOW!と何故か馬場管理官が英語で叫ぶ。
「ギンザNOWはハンダース」と野々村係長。
「何誤魔化してんだ!」と鹿浜が声を荒げ、
「まさか拳銃なくしたんじゃないだろうな?」
と野々村係長に詰め寄る。
「いや……なくしたという訳ではなくてですね……」と野々村係長が口を濁した後、当麻が全部ぶちまける。
「瀬文さんが拳銃持ってったままずっと休んでるんで、返せないんですよ」
「あっ言っちゃった」と野々村係長。
「ゲッ!?」
馬場管理官たち三人が動揺する。
「辞表出した人間が拳銃返してないって、それはプロブレムじゃないの!?」
そういう馬場管理官の声は完全に裏返っている。
「どうしましょう?」
野々村係長はこれがチャンスとばかりに困った顔を作って、馬場管理官に歩み寄る。
「逆に一般市民として、この件、リークしちゃおうかな?神戸の漫喫から動画あげちゃおうかな?(Sengoku38っすか!)一般市民としてツブヤイターでチクっちゃおうかな?チクリッターなんて、スパーン!」
携帯をズボンのポケットからカッコ良く取り出す。
「待ったなう、元係長!」
馬場管理官が泣きを入れ、野々村係長の手を取る。
「管理官!」
「元係長!」
「管理官!」

同じ夜、志村と美鈴のマンション。問題の瀬文が志村の遺影に手を合わせる。
「ありがとうございます。兄も喜んでいると思います」
テーブルに座っている美鈴が言う。
「そんな訳がありません。申し訳ありません」
瀬文はうつむいている。
「私、今、実はとってもスッキリしてるんです」と美鈴。
「え?」と瀬文が聞き返す。
「私、兄のああいう笑顔見たの初めてだったんですよ。早くに両親を亡くして、兄は高1の頃からずっと働いてて、私にはガミガミ親のように偉そうに叱るし、ずっと喧嘩ばかりの兄弟だったんです。でも兄の看護をしていて、私、兄の優しさに初めて気づいたんです。あの事故がなければ、私は兄をずっと誤解して憎んだままだったと思います」
と美鈴は立ち上がると、
「言い訳じゃないですよ。私の変な能力も消えてしまいました。もう何も感じません」
位牌の前に置かれた時計を手に取った。
「兄と会話したくて芽生えた能力(ちから)だったんでしょうけど、もう必要なくなったんで消えたんです。ほっとしました」
美鈴はテーブルに戻り、手に持った兄の時計を見つめる。瀬文は何も言えず、うつむいたまま。
「あ~辛気臭い!ビールでも飲みますか!」
美鈴が笑顔を作って立ち上がり、キッチンの冷蔵庫を開ける。中には瓶ビール(知床ラガービール)がびっしり入っている。
「兄がね、ビールだけは贅沢してたんですよ」
美鈴が一本取り出して栓抜きで開ける。
「発泡酒は飲むなってね。下戸のくせに。瀬文さんの教えだって言ってました」
「そんなことを……」
瀬文が口を開いた。美鈴がテーブルにグラスを2つ置き、そこにビールを注いでいく。
「何でしたっけ?命……」
「捨てます」と瀬文が答える。
「そうです。命捨てますって言って飲んでましたよ。へたれのくせに」
美鈴がグラスに注いだビールに口をつけた。
「兄のためにも私は、私の人生をきちんと歩もうと思います。ちゃんとした画家になって一回くらい兄に褒めてもらえるように……だから瀬文さんも兄のことにこだわらず、自分の人生をきちんと生きてください。兄もそれを望んでいると思います」
瀬文は何も言わず、その場に膝をつくと、頭を床につけるほど深く土下座した。そして立ち上がり、部屋を出ていこうとするが、美鈴に呼び止められる。
「真実なんてどうでもいい、兄の敵とかつまらないこと考えないで……生きてください。そして時折、兄に会いにきてやってください。お願いします」
瀬文は何も答えず一度は出ていこうとするが、テーブルに戻ってグラスを掴むとビールを一気に飲み干し、また遺影の前に立った。そして応援団のように右腕を上下させながら歌い出した。
「命捨てます、怖くない~街の平和をエス・アイ・ティ(SIT)、エス・アイ・ティ(SIT)、OH SHIT!」
その間、美鈴は兄の遺影に向かって手を合わせる。
(超蛇足:前からSITがシットと発音されてて気になってました。日本語ではSITもSHITも同じくシットと発音しますが、SITはスィットと発音し、SHITはシットと発音します)

瀬文は志村のマンションを出て、涙を浮かべた眼で志村の部屋を見上げた。美鈴も志村の位牌の前に座り、泣いていた。
瀬文が歩き出すと、右から何かが飛んでくる。それを抜群の反射神経で瀬文が掴む。手を開いて見てみると、すき家の紅しょうがの袋だった。瀬文が紅しょうがの飛んできた方に首を向ける。
「泣き呆けてるかと思ったら、さすがっすね」
すき家のビニール袋を左腕に抱えた当麻が、垣根越しに瀬文を指さしていた。そして牛丼を食べないかとビニール袋を差し出した。

「美鈴ちゃんちに来ると踏んで待ってたんですよ」
当麻が垣根に腰掛けると瀬文に牛丼を渡して、自分も食べ始める。
瀬文は垣根の端に座ったまま、うつむいている。
「牛丼食いなっせ。た~んと食いなっせ」
瀬文は黙っている。
「暗いな、おみゃさん。ただでさえ湿気た絵筆みたいな臭いしてんのによぉ」
そこまで言われても瀬文は無反応。
「みんな心配してます。アンド迷惑してます。早く帰ってきなんせ」
瀬文が口を開いた。
「俺はもう、刑事をやる資格なんてない」
「そうやって男はすぐ逃げ口上にするけど。単に卑怯なだけですよ」
当麻が食べ終えた牛丼のポリ容器を傍らに置く。
「俺は逃げん。卑怯者でもない。志村の敵は必ず討つ」
「私情は禁物です。何遍も言っとるがや」
当麻はそう忠告すると瀬文に渡した牛丼を取り上げて箸をつけようとするが、瀬文は当麻から奪い返して食べ始める。当麻が言う。
「法に則って刑事として真実を追うから、私たちは刑事なんです。私情にかられてしまったら、それはただの暴力です」
「SPEC HOLDERを今の法の中で、どう取り締まるんだ!?志村を殺した奴らを法で裁けるのか?法なんてクソくらえだ」
瀬文が牛丼を無理やり口に詰め込む。
「それを考えるのが、この私の頭脳です。私が追い詰めて見せる。だから私は未詳にいてテメエの帰りを待ってんだろうがよ」
瀬文が牛丼を持ったまま立ち上がる。
「瀬文さん……」
当麻が瀬文を止めようとしたが、瀬文は去っていった。少しして戻って来るが、牛丼を持ったために取り忘れた紙袋を掴んで、また行ってしまった。歩き去る瀬文の背中を当麻は渋い顔で見つめる。
「だからバカは嫌いなんだよ」

馬場管理官と猪俣、鹿浜がパソコンを置いた部屋に戻ると、先ほど見ようとしていた鑑識bのデータが消されていた。そこに雅ちゃんから猪俣に電話がかかってくる。
「ご両親に挨拶?今週?サプライズでねえ」と猪俣。
「いや、これで分かったことがある。警視庁にとってバレたらやばい人物とニノマエのDNAが重なったんだな」と馬場管理官。
「木の前のピザ屋で集まって、とどのつまり木の前のお窯で焼いてもらってさぁ」と猪俣。
「つまりニノマエの仲間が警視庁内部にいる」と馬場管理官。
「ねえ!」と猪俣。
「猪俣うっせえ!」と馬場管理官が怒鳴る。
「まさか!」と鹿浜が思ったことを口にする。
「お前もだよ!」と馬場管理官が鹿浜にツッコム。

よくある公園。母親と子供がシャボン玉で遊び、老人たちが太極拳をしている。そうした日常の光景を、瀬文は階段の上にある塀に腰掛けて見下ろしている。
「どうも」
黒縁のメガネをかけ、グレーの背広を着た津田が現れて、瀬文の隣に座った。
「よく無事で……」
瀬文が絶句する。津田が国会議事堂前からジャガーで拉致されたのを瀬文は見ていた。
「無事なわけねえだろう。津田は死んだよ」
「ならお前は誰だ?」
瀬文が混乱する。
「俺も津田だ」
男は答える。
「といっても津田っていうのは公安零課の幹部の言うなれば、パブリックドメインだ」
「パブリックドメイン?」
「誰もが津田助広を狙うだろ。だからあの津田が殺されても代わりにこの津田がいるっていうシステムだ。「だからこそ公安零課は世界最強の組織たりうる」
津田が瀬文を見る。その顔には自信に満ちている。
「名も捨て、顔も捨て、自分も捨てた死神の集団か。まさにアグレッサーだな」
と瀬文が吐き捨てるように言う。
「よくご存知で」と津田。
「ただ俺たちは死神じゃない。すべてを捨てて愛する者たちの住むこの国を守っている。究極の公務員だよな。まあ割には合わんがな」
津田が自嘲する。
「その死神が俺に何のようだ?」
津田が瀬文の肩に手を回す。
「お前をスカウトに来た。公安零課、アグレスに入ってもらいたい」
瀬文が津田の手を払いのけた。
「あいにく俺はすでに公務員失格だ。てか指名手配中だ」
「気にするな。お前にかかっている嫌疑はすべて封印する。逆に断れば色々でっちあげて死んでもらう。どんな手を使ってもな」
瀬文が津田を睨む。
「瀬文、よく聞け。我々は特殊能力者に対して何十年と研究対策を行ってきた。その結論として合法的な警察活動では限界があると判断され、公権力の下で我々は非合法活動を行なっている。この町の平和を守っているSITの歌にもあんだろう、町の平和をOH SHIT!」
津田が歌って笑う。
「お前の力を我々に貸して欲しい」
と津田が頼むが、瀬文は何も答えない。
「てかさ、お前、瀬文の敵を取りたくないのか?志村の無念を晴らしたくないのか!」
瀬文は考えていた。
そしておもむろに立ち上がり、津田の前に出ると、指を口の奥に突っ込んで右の奥歯を抜いて津田に見せた。その血まみれの歯には「7」と書かれている。
「瀬文、公安零課入りを志願します」
津田が笑い立ち上がる。
「お前さ、乳歯の入れ替えじゃないんだから。上の歯か?下の歯か?」
瀬文は歯を差し出しまま黙っている。
「まあ、どっちでもいいや。そうと決まれば話は早い。ギャラとか細かいこと決めねえとな」
「抜いた歯に懸けてギャラは要りません。終わったら全てを辞めます」
「へえ~へえ~」
津田がかっこいいねえといわんばかりに囃す。
「一つだけお願いがある」と瀬文が言う。
「未詳の仲間の地位は守っていただきたい。これは条件です」
「分かった。手配させよう」
津田はその条件に同意し、歯を持った瀬文の手をもういいよと下げさせると、下の公園の人々に向けて手を上げた。公園にいた老若男女すべてが津田に敬礼した。木につながれていた犬までも敬礼する。津田も応礼すると、皆公園から出て行った。
「あいつらも公安零課のスタッフですか?」
「瀬文、すべての真実を疑え」
と津田は言い、歩き出した。瀬文も後に続いて歩き出し、抜いた奥歯を戻した。(まさに全てを疑え、奥歯さえも!瀬文が上手なのか)

「寒いねえ」
暗い未詳で椅子に座る野々村係長が懐中電灯を顔に当て、手持ち無沙汰に回転している。
「瀬文君、帰ってこないまんまだと、凍死か糖尿かで死んじゃうよ」
「それは困りますね」
当麻も椅子に座り、懐中電灯を顔に当てて回っている。
「先に蜂蜜でも飲んで死因だけは確定しておきますか?」
当麻が蜂蜜の瓶を野々村係長に差し出す。野々村係長はそれを無視して回り続ける。
「当麻くん、ちょっと瀬文君に電話してよ」
「嫌ですよ。係長こそ瀬文さんに電話したらどうっすか?」
当麻もまた回り出す。
「何度もやったよ。でも出ないんだもん」
「ホント無責任で鈍感なヤツですよ、瀬文の野郎は」
突然、未詳に明かりがつく。
ライト付きのヘルメットをかぶって公安第五課課長代理の秋元が、息を切らせながら未詳に入ってくる。
「今日は何の御用で?」
野々村係長が出迎える。
「本日付で公安第五課未詳事件特別対策係を再度設置。野々村光太郎と同係長に嘱託任命する」
野々村係長が秋元に敬礼する。
「またいいんですか、私で?」
座ったまま、秋元を睨むように見ている当麻を秋元が指さす。
「貴様!いや当麻……君。キミも一時人事預りになっていたが、引き続きこの部署で活躍してくれ」
当麻が立ち上がり、秋元に詰め寄る。
「何があったんですか?」
秋元が当麻から顔を背ける。
「方針の変更だ。特に意味はない。これは瀬文警部補が先ほど辞職したために返納された」
紙袋に入っていた拳銃二丁を、「指名手配。凶悪恐喝犯 緑野酒冷九(ミドリノ・シュレイク)」のポスターが敷かれた机に置いた。
「辞職?」
野々村係長が顔をしかめる。
「以上だ」
秋元は出口に向かった。
「瀬文さんは辞めてどこへ?」と当麻が訊く。
「知らん!」
「まさか、アグレッサーに引き抜かれたわけじゃないでしょうな?」
「何だそれ?アグレ……」
秋元が笑う。
「アグレス・チャン?」
笑いは起こらない。
「何を言わせんだ貴様ら」
と秋元は去っていった。

当麻が拳銃保管用ロッカーの扉を力任せに引きちぎる。
「アジャパー」と野々村係長が困った顔をする。
当麻は拳銃二丁と弾の箱をロッカーから取ってキャリーバッグに詰め込んだ。
「何か知ってるの?」
野々村係長が当麻に尋ねる。
「知りませんよ。単に感が当たっただけです。まかさ図星とはね」
当麻がキャリーバッグを引いて出口に向かう。
「どこへ?」
「瀬文さんのところへ」
「場所わかるの?」
「いいえ。でもアグレッサーを挑発すりゃ、向こうからムキになってやって来るでしょう」
「殺されちゃうよ」
「大丈夫ですよ」
当麻が野々村係長に振り返る。
「私にも、係長にも、SPECはあるはずですから」
「えッ?何のSPEC?」
「さあ……でも、私の脳でずっと眠っている残り90%のうちのどっかが、私の思いに応じて目覚めてくれるはず。それが私たちの未来を切り開いてくれると思います」
「なるほど。これは人間の可能性を信じる者と閉ざそうとする者との戦いってことだね」
「いいこと言いますね……遺言みたい、じゃあ」
当麻はキャリーバッグを引いて出て行った。
「遺言か……死ぬのかワシ」
野々村係長がひとり呟いた。
当麻は確かに未詳に来る人を前から当ててるんですよね。野々村係長は当麻のSPECを知っているとか?)

馬場管理官が、猪俣と鹿浜のいる部屋に入ってくる。
「瀬文と接触していたフリーライター・渡辺麻由人死亡事件の犯人が自首してきた」
その男の写真を猪俣と鹿浜に見せた。
「てことは、瀬文の容疑は晴れ、これで事件解決ですね」
鹿浜が笑うが、馬場管理官は硬い表情のままだった。
「いや、最大の問題は瀬文自身が行方不明ってことだ」
「何かの事件に巻き込まれたいうことじゃ?」と猪俣。
馬場管理官が溜息をつく。
「どうします?」
鹿浜が馬場管理官に尋ねる。
「今までみたいにすっとぼけてやり過ごしますか?」
「それとも、たまには刑事らしく、捜査してみますか?」と猪俣。
馬場管理官の携帯が鳴った。馬場が携帯を開くと、
「当然捜査だ!」と答えた。
「誰よりも先に瀬文を確保するんだ!でないと瀬文が闇に葬られるかもしれん」
鹿浜と猪俣は部屋を出て行った。
馬場管理官が電話に答える。電話の主は野々村係長だった。
「実は……」と野々村係長が馬場に頼もうとすると、
「瀬文の件ならもう動いてます」と馬場は答えた。
「心臓がその息の根を止めるまで真実を求めて、ひた走れ。それが刑事だ。でしたかな?」
ああと頷く野々村係長。
「新人の頃、あなたに叩き込まれた記憶が今更ながら蘇りました。弐係時代のご恩お返しします」

走る二人の刑事、その名も「全力デカ」。
今日走るのは圓通寺坂。
またこれも馬鹿デカに味わい深い……
二人はどこへ走っているのは自分たちにも分からない。

「どすこんアカンたれやな、ワレ!」と町を歩く当麻の着メロが鳴る。
「筋肉バカ」からだった。
「これが最後の電話だ。よく聞いてくれ」
瀬文だった。
「何すか?その古い月9臭いセリフ回し」
と当麻が笑う。
「俺はこれから姿を消す。志村を殺した奴ら、そしてお前の腕を奪ったニノマエと決着をつける」
「勝手に一人でカッコつけないでください」
「お前には死なれたくない。俺は許されざる人間だ。日の当る場所で生きていくつもりはない」
「瀬文さんは軍人のクセに嘘つきですな。私たち約束しましたよね。<何かあったら連絡しろ、すぐ駆けつける>。私、あなたのこと信じてたのに」
「お前の知っている瀬文という男はもう存在しない。お前は……お前はたった1つの光だ。何があっても生きろ。以上だ」
瀬文は電話を切って一度抜いた奥歯の方の頬をさすると、携帯からSIMカードを抜いて公園の池に捨て、新しいSIMカードを携帯に差し込んだ。すると津田から電話がかかってきた。
「もしもし」
瀬文が電話に出る。
「私用電話は禁止だよ~」
瀬文の後ろに津田が立っていた。津田が電話を切る。
「ニノマエの隠れ家がわかった。急襲する」
雨降る夜。一台のバンがニノマエの潜伏場所に向かう。バンには津田と瀬文の他、ニット帽をかぶったアグレスの男が三人が座っている(1人はライト東野じゃないですか!)。ライト東野は無線機の前と後ろが分からない。
「よく発見できましたね」
瀬文が津田に訊く。
「向こうからのリークだよ」
と津田が言う。
「向こう?ニノマエの味方からですか?」
「権力闘争なのかよく分からんが、突出した能力が邪魔になったんだろうな。お気の毒」
津田が三人の工作員を向く。
「ニノマエに関しては生死は問わない。てか生きてては捕まらんだろう。その辺はためらうな。母の二三(フミ)も一緒にいるはずだ。」
「母のフミ、母のフミ、ハッパフミフミ」とライト東野。
「集中!」と津田がライト東野に注意する。
「母のフミに罪はないが、この際、已む無しと判断する」
「民間人を殺すということですか?!」
瀬文が津田に問いただす。
「命令は以上。質問は受け付けない」

瀬文とアグレスの三名がニノマエのマンションに侵入し、ソファに寝ているニノマエのもとに手榴弾型の時限式爆弾をばらまく。ニノマエが咄嗟に目を覚まして起き上がるやいなや、ライト東野が口から何かを吐いてニノマエの動きを封じると、手を使わずにニノマエをタンスに叩きつけ、ニノマエが指を鳴らせないように両手を自分の手で押さえつけた。
「SPEC!」
瀬文がSPEC HOLDERが作戦に加わっている事に驚く。
「どうしたの!」
フミが部屋に入ってくる。
「母さん……」
ライト東野に押さえつけられているニノマエが呻く。爆弾のビープ音の間隔が短くなる。
「引っ込んでろ!」
瀬文がフミを後ろへ突き飛ばす。
「撤収!」
アグレスの一人が号令すると、ライト東野とニノマエを残してマンションを瀬文とともに出た。その直後、爆発が起る。その爆発をバンに乗った津田も確認した。
雨の中、作戦を終えたバンが帰路つく。
「ご苦労だったな。無事なのは二人だけか?」
津田がアグレスと瀬文を見る。
「ハッ」とアグレスが答える。
「仕方ない。必要な犠牲だ」
「作戦は成功したのでしょうか?」とアグレスが訊く。
「今回は見てのとおりSPECを持った奴らとの合同作戦だった。これで倒せてなければ、お手上げだ」
「僕は生きているよ」
ニノマエの声がする。津田が後ろを向く。後部座席にニノマエが座っていた。
バンが急停止する。次の瞬間、瀬文が津田が座っていた席を見ると、津田が消えてダルマが乗っていた。生き残ったアグレスも消えてダルマに代わっていた。後部座席にはニノマエが座っている。
「殺したのか?」
そう訊く瀬文の声には怒りが篭っている。ニノマエが微笑む。
「ああ、僕を怒らせてしまったからね。アグレッサーたちは全員殺した。金太郎飴みたいな津田たちもひとり残らず殺したよ」
瀬文がニノマエを睨む。
「アンタは母さんを助けようとしてくれたから、今回だけは見逃してやる。ただし次同じことをしたらこうだ」
ニノマエが手鏡を出して、瀬文に自分の顔を見せた。瀬文に鼻を中心として十文字に赤い点線が描かれている。
「その顔を切り取り線に沿って頭部を切る。スイカみたいにね」
ニノマエが笑いながら瀬文を見る。瀬文は顔を背け、もう一度ニノマエの方を向くと、ニノマエはもう消えていた。

SPEC HOLDERたちの会議。
「逃がした?」
中国語で男が聞き返す。
「厄介なことになったなあ」
アバタの男が顔をしかめた。
「赤い線が!」
別の男が驚く。アバタの男に赤い点線が十字状に描かれていた。
アバタの男は驚いて自分の顔に描かれた線を目をひんむいて見ようとする。
「警告したろ」
ニノマエがテレビの脇に立っていた。アバタの男がテーブルに眼を向けると全員血を流して死んでいた。
「教えておいてやるよ。僕の名前は……」
ニノマエはテーブルクロスにしたたる血を指ですくうと、砂嵐のテレビ画面に



と描き、血のついた手をアバタの男に見せ、
「この世界のキング(王)だ」
と宣言し、血まみれの指を鳴らした。

正義党幹事長・菅直入(ナオトじゃなくて)が幹事長室の机に座り、入り口に詰める新人議員たちに言う。
「何がキングだ。そんな馬鹿げた話。日本国民が信じるかワシはテロには屈しないぞ!」
議員たちが幹事長の顔を見て驚く。
「顔に切り取り線が!」
幹事長が手鏡で見てると、確かに顔に赤い切り取り線が引かれている。
呆然として鏡をどけると、壁際にニノマエが立って笑っていた。
「参った?」
とニノマエが尋ねる。
「参りました。ごめんなさい!」
幹事長が泣きながら土下座した。
「約束しろ、二度と僕と母さんに逆らうな」
ニノマエが絨毯に頭をこすりつけて詫びる幹事長に命じる。
幹事長が頭を上げると、入り口で議員たちが倒れて死んでいた(たぶん)。
「キャハハハ!」
ニノマエが奇声をあげながら、幹事長に机を何度も何度もぶつけた。
さらにオバマ大統領とキム・ジョンマル(ジョンイルじゃない)の顔に赤い点線が描かれてた写真が世界にインターネット配信された。

その画像を野々村係長が渋い顔で眺めている。当麻はトングルを箸がわりに肉を七輪で焼いて食べている(野菜少ないですな)。電話が鳴り、野々村係長が受けた。
「これはこれは、大変ご無沙汰申し上げております」
野々村係長が受話器を持ちながら起立する。いつになく真剣な面持ちで電話の主に耳を傾け、最後に
「御意」
と言って電話を切った。
「御意?」と当麻が訊く。
「うん。上の上の、そのまた上からの命令だ」
「何すか?」
「ニノマエを逮捕せよ。生死は問わん。この件に関しては超法規的措置を取ると」
「要するにどんな手を使っても、ニノマエを殺せと?」
当麻がトングルを持ち上げる。七輪に置いた血のしたたった肉がジューと焼けていく。
「そのようだな」
野々村係長が答える。当麻が食って掛かる。
「ですけど一応未成年ですよ。法律を超えて警察が堂々と人を殺していいというのは、いかがなもんですかね!」
「まあまあ、最後まで聞きなさいよ」
野々村係長が当麻をなだめる。
「上からの命令は確かに私が受けた。しかし私はキミにそんな命令はしない。ニノマエは今、敵も味方も、逆らう奴は片っ端から虐殺している。しかし彼は快楽殺人者ではない。殺人は正当化されるべきではないが、彼なりの理由があるのかもしれない」
肉が煙を上げて焼けていく。野々村係長が煙ごしに当麻に話す。
「ただキミがその目で、ニノマエが紛れもなく、危険な犯罪者だと判断したその時には、刑事としてしかるべき措置を取ってもらいたい。頼んだよ」
そう言い終えると野々村係長は煙にむせて、当麻の横に座った。
「しかしどうやってあのニノマエを、どうにかしろっていうんですか?」と当麻。
「そこはほら、僕に分かるわけないじゃん。アハハ」
「タハハじゃねえ!」と突っ込まれる。

夜。お台場にある自由の女神の近く(フジテレビ社屋が見えるところ:ワザトか!)に、野々村係長が右手を上げて自由の女神の真似をして立っている(ネタなのか野々村係長が法に基づく自由(Liberty)の守護者というメタファーなのか)。そこに雅ちゃんがニコニコしながら現れる。
「綺麗な球体だね」
雅ちゃんがフジテレビのアレを見る。野々村係長もそれを見るが、すぐに雅ちゃんに顔を戻す。その表情は曇っている。
「どうしたの?」
雅ちゃんが尋ねる。
「いや……実は弁護士をやっている妻から、キミを訴える書類を預かっていてね」
「エッ!なんで私が訴えられんの?」
「法律によれば、奥さんは愛人に慰謝料を請求する権利があるらしいんだ。中、見る?」
「ふざけないでよ!こおっちのバカ!」
雅ちゃんが野々村係長を引っ叩くと、
「別にアンタとなんか、付き合ってないんだからね!バカ!こおっちのバカ!」
と言い捨て走ってどこかへ行ってしまった。
「ああ痛い、なんと不幸かな~」
野々村係長がぶたれた頬を押さえて嘆く。
「雅ちゃんを巻き込みたくないっていう、アンタの気持ちは素敵だね」
ニノマエの声がする。
「キミがニノマエか」
野々村係長がニノマエの方に向き直る。
「雅ちゃんには手を出すな。あと妻の雅(同名か!)とその子、保谷にいる弟のウチ、あと30歳になる姪がシアトルにいて……」
「安心しなよ。僕は野々村さんを信じてるよ、割とね」
「ニノマエ君、おとなしく罪を償う気はないかね?」
「罪?僕に逆らうことこそ反逆罪だよ。だって僕はキングなんだもん」
「そうか」
野々村係長は懐からリボルバーを取り出してニノマエに向けて構えた。
「やめときな勝てっこない」
野々村係長は動じない。
「勝てるかどうかは問題じゃない。負けると分かっていても、心臓が息の根を止めるまで、ひた走る。それが刑事だ」
ニノマエが笑い、ナイフを抜く。
「無理しちゃって」
次の瞬間、野々村係長は口から血を吹いて倒れた。

夜遅く、当麻が未詳で蜂蜜を飲みながら、ニノマエを何とかする方法を考えているところに、HIPHOPな2人の運送屋が大きなタンスを運んでくる。
「DHS in the HOUSE ! Yeah Yeah ! ドスコイ、引越しシャトルだぜ ドスコイ お届け物だぜ」
と当麻の前にタンスを置き決めポーズを取る(RUN DHSってステッカー貼ってますね)。
「中身何すか?」と当麻が尋ねる。
「洋服ダダダダンス!ってここに書いてありありまっす!」(だからHIPHOPか)
お届け予定日は11月24日の伝票の品名を指差す(クロネコヤマトの伝票ですな)。
「Yeah 毎度!ドスコイ、ドスコイ帰りましょ!ハンコ貰ってねえよ相棒!」
2人は帰っていった。
「洋服ダンスって何で?」
当麻がタンスに近づくと、中からうめき声がする。当麻があわてて包装を破る。タンスの下から赤い血が漏れてくる。タンスを開けると、血まみれの野々村係長が入っていた。ナイフがタンスから床に落ちた。ニノマエがわざと入れたのだろう。
「大丈夫ブイだ……」
虫の息の野々村係長が笑う。
「ニノマエですか!」
当麻が尋ねる。
野々村係長は頷いた直後、意識を失ってタンスの中に崩れた。

野々村係長はすぐに病院に搬送され、救急治療を受けた
死線をさまよう野々村係長に当麻が告げる。
「係長、行ってきます」

翌朝、当麻は実家に戻ると、父母と弟の位牌の前に座り、火のついた線香を息で吹き消すと鈴(リン)をチーンと鳴らした。
「線香吹かない。嫁入り前の娘が毎日朝帰りなんて、みっともない」
祖母の葉子に叱られ、鈴を手で止めた。
「鐘止めない」
と叱られる。
「ごめんね。おばあさま」
当麻が謝った。
「どうしたの?今日はヤケに素直じゃない?」
「じゃ行ってきます」
当麻は立ち上がり、キャリーバッグを引いて出て行く。
「エッ、また行くの?」
「うん。着替え取りに来ただけだから」
「着替えなんてする子じゃないのに……」
葉子は当麻の行動を不思議がった。

当麻が坂道に差し掛かると、アパートの階段の下でランドセルを背負った男の子がネコに餌をやっていた。それを見た当麻に弟の陽太との思い出が蘇る(これ美鈴のヴィジョンにありました)。

「陽太、野良猫に餌をあげるとまた母さんに叱られるよ!」
「うっせえ!サカナちゃん!」
「ぶっ殺す!」
当麻が川岸でネコを抱き抱える陽太に駆け寄り、頭をグシャグシャと撫で回す。陽太はネコに右頬を引っ掻かれて、ネコを放してしまう。ネコはどこかへ逃げていった。
「ほら、バチが当たった。ほっぺた引っ掻かれてやんの」
当麻が陽太の髪の毛を払って頬を見る。その時、陽太の右耳の後ろに痣を見つけた。
「何これ、首に変なアザ!キモ!キモ!キモ!」
「うおおおお!」
陽太が渾身の力で当麻の腕から離れようとする。
「やんのかこの野郎!」
と当麻が陽太を持ち上げ、タカイタカイする。

当麻が向かった先は美鈴のマンションだった。
当麻は一本のナイフが入ったビニール袋を美鈴に見せる。
「何?」と美鈴が訊く。
「これ、野々村係長がニノマエという少年にやられたときのナイフ」
「で?」
「あなたのサイコメトリングで、ニノマエの隠れ家を捜して欲しい」
「もう私にはその能力はない。兄が死んで消えてしまった」
「ダメもとでいいから頼む」
「無理よ」
「ほんとはまだ見えるんでしょ?」
「もう使いたくない」
「ニノマエを止めたいの」
「いい加減にして!」
「あなたにしかできないことなの!」
当麻が土下座して頭を下げた。
「お願い。私は仲間を救いたい。これ以上犠牲を出したくないの。死の連鎖は私が止める」
「あなたにできるの?」
「私を信じて」
当麻は顔を上げて美鈴を見た。美鈴はナイフの入ったビニール袋を取り上げると、ナイフに触った。美鈴にヴィジョンが流れこんでくる。

山下公園
裸電球に照らされたちゃぶ台しかない部屋
マリンタワー

美鈴がそれをスケッチブックに描き起こして当麻に見せる。
「マリンタワーが見えたから、その近くだと思う。横浜」

赤い零課。ダルマが切り裂かれている。
恐怖に怯える零課の刑事が拳銃を構えながら、壁際に立つ瀬文に寄ってくる
「ウチも壊滅だな」
額に脂汗を浮かべた刑事が当麻に一枚の紙切れを見せる。
「ニノマエのさらなる引越し先だってよ。興味あるか?」
瀬文はその紙を受け取った。
「酔狂なこった」
刑事はそう言い残し、零課から逃げた。

美鈴が見たちゃぶ台しかない部屋で、床にダンボールを敷いてニノマエとフミがたこ焼き鍋を食べている。
「やっぱ、たこ焼き鍋は最高だね」
ニノマエが笑う。
「そう?何度食べてもこの良さが分からないわ」
とフミが言う。
ニノマエが箸と器をちゃぶ台に置いて、フミに尋ねた。
「僕が息子で良かった?」
「何言ってんの?」
「僕、母さんと出会えて良かった」
フミが首を傾げる。そこに茶色いロングコートを来た記憶を変えられる男が現れ、フミの頭に両手を当てる。フミは気を失った。
「今までありがとう」
ニノマエはそう言った。
「完全に記憶を消しますか?」
男がニノマエに尋ねる。
「完全に消してくれ。僕と出会う前のように。僕のことを少しでも覚えていると、この後も狙われる」
ニノマエがそう答えると、男は両拳をフミのこめかみに押し当てた。
「記憶を消したら、顔も変えてどこかで必ず生き延びさしてくれ」
「わかりました」
男は命令に応じた。ニノマエが記憶が消えて行くフミに向かって微笑んだ。
「母さん、元気で」
そしてニノマエは窓の外に目を遣った。ライトに照らされたマリンタワーが見えた。

同じ頃、当麻は未詳の壁に頭を押し当てて思考を巡らせると、硯に向かい書をしたためる。
爆弾。
銃(脇が瀬文を撃ったとき)
電気ビリビリ(牢に閉じ込められた憑依の男をニノマエが殺そうとしたとき)。
相対性理論
双子のパラドクス
速度
打倒ニノマエ(当麻の頭に燃え盛る炎の中に倒れたニノマエの顔が浮かぶ)

当麻は書き終えた半紙を足で引きちぎり、頭の上にぶちまけた。
「いただきました」
ニノマエ打倒の方策を見出すと、
「瀬文さん、野々村係長、お世話になりました」
二人の机に向かって敬礼した。
そこに馬場管理官が猪俣と鹿浜を連れて未詳に現れる。
「何すか?」
当麻がうざったそうに訊く。
「野々村係長の件、聞いたよ」と馬場が言う。
「何か関係あるんですか?」
「我々に手伝えることがないだろうかと思って」と馬場が答える。
「新人だった頃に野々村さんによくミスをかばってもらってね」と鹿浜は言い、
「わしらにできることはないじゃろうか?」と猪俣は訊いた。

その頃、野々村係長は心肺停止状態に陥り、蘇生処置が行われている。

「非合法なことでよければありますよ」
当麻が答えた。
「ニノマエを逮捕する唯一の方法」

夜の横浜、山下公園付近の倉庫街。瀬文がコートの内側に忍ばせた拳銃を握りながら、メモに書かれた住所へと近づいていく。携帯が鳴り、瀬文が出た。
「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
瀬文の背後にニノマエが立っていた。瀬文が振り返ってニノマエを睨みつける。
「鬼はどっちだ?」
「いいね、その眼」とニノマエが言うと、ギャハハと笑って飛び跳ねる。
当麻もひとりキャリーバッグを引いて、瀬文たちのところへと向かっていた。

「ぐわっ!」
瀬文の首筋が切られ、血がほとばしる。瀬文は傷口を手で押さえ、倒れそうになるのを必死に踏ん張って辛うじて立っている。そんな瀬文を、ニノマエは道路に腰を降ろしてつまらなそうに眺めている。瀬文は拳銃をニノマエに向けて撃つが、弾は誰もいない道路に当たった。
「チクショー!」
瀬文が毒づいて後ろを振り返ると、ニノマエが立っていた。そちらに銃口を向けるが、ニノマエに拳銃を蹴られて手放してしまう。宙に待った拳銃をニノマエが掴むと、丸腰の瀬文に銃口を向けて笑った。
「SIT出身だからって大したことないね。ウケる」
そこに雪が舞い始める。
「雪だ!」
ニノマエが嬉しそうに空を見上げる。
「もらった!」
当麻がニノマエを狙って拳銃の引き金を引く。だが撃った瞬間、ニノマエの姿は消えていた。
「チッ」
当麻は舌打ち、あたりを警戒しながら瀬文へと近づく。瀬文はニノマエが捨てた拳銃を拾う。雪が激しくなっていく。
「痛ッ!」
当麻たちの背後でニノマエの声がする。ニノマエが置いてきたキャリーバッグの取っ手にニノマエの足が絡まっていた(なぜに?わざと?)。
「そこか!」
当麻と瀬文がニノマエに二発ずつ発砲する。ニノマエが笑う。初弾が鼻先まで飛んできたところで止まった。ニノマエは四発の弾をすべて手でたたき落とし、銃を構えたまま動きを止めている当麻の前まで来る。
「結局、キミもバカだよな。厳密にいうと僕は時間を止めてるんじゃない。キミの世界と僕の世界の時間の流れは違うんだよ。いくら隙を突こうとしても、君たちの動きは常にスローモーションなんだよ」(雪が顔に当たって溶けるのどうやってんのか不思議)
そして当麻たちの後ろまで歩いていき、空を見上げ、
「雪が止まっている。綺麗だな~」
と言うと当麻たちの方に向き直り、ナイフを鼻先に構え、当麻にまた近づいていく。
「キミに見せてやりたいけど、面倒くさいから殺す」
ニノマエがナイフの切っ先を当麻の顔に向ける。ゆっくりと当麻の口角が上がった。ニノマエが驚いて後ずさりする。
「動いた!まさか!?」

SPEC 癸の回へ

海野の回から生と死をテーマにここまで来ました。二度死んだ志村の存在が、ここまで話を面白くしているのでしょう。ニノマエと同じく法を犯しても目的を達成しようとする、ダークサイドに落ちた瀬文を、たとえ死神でも法のもとでの処罰するというスタンスを守る当麻は救えるのか?

王と壬って似てますね。壬の回で、ニノマエに王と宣言させるのは偶然なのか何なのか。

今回の指名手配(裏番組)ポスターはミドリの男で「シュレック」でした。

変な猟奇殺人が起こってたら、自主規制されてましたよ。平和世の中に感謝。

最後に止まっている時間の中で当麻の口元が動いったっていうのと、電気というキーワードが気になります。馬場管理官たちは何が出来るのか?

次回予告に当麻が陽太の名を叫び、ネコと少年の回想、当麻を家族を殺したというニノマエの発言から、ニノマエ・ジュウイチは陽太なんでしょうか?津田はまだ生きてるような?

最終回に動く佐野元春!

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コメント

バラバラになってた物が一気に集められてる感じで、最終回に向けての準備が整ったってとこですね。
ただ気になるのは記憶をいじれるSPEC。私たちが真実と思って見てる全てがいじられた後だったら・・・瀬文も当麻も実は存在してなくて・・・深すぎるぅ〜
続きを待ってます。

がきょうさん、どうも
途中から話がぐっと一本に集約されてきましたね。

我々の記憶はもともとあやふやなので、意外と簡単に操作されちゃうんですよね。全部消しちゃうのは無理ですが。

SPECで見ている事実もすでに改ざんされたものだったとすれば、深いっす。そうなったら、神戸の漫喫から動画を流してもらうしかないですな!

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