SPEC 辛(SIN)の回 魑魅魍魎
瀬文と当麻はそれぞれ、冷泉の予言した病を治すSPEC HOLDERが現れる場所と、一十一(ニノマエ・ジュウイチ)が住んでいる場所に向かった。
瀬文が向かったのはマンションの一室。鉄製の玄関扉には「Healing Room Iris」と書かれている。瀬文がそのドアの前に立つと、勝手に扉が開いた。広めの部屋の中には、指圧院のように、左右の壁際にベッドが2つずつ置かれ、部屋の中央には野球のユニフォームを着た小太りの少年が素振りをしている。
瀬文はまさかこいつがと思いながらも、少年に訊いてみた。
「お前が病を治す人間か?」
「ヒーラーはすでにここにはいない」
素振りを続ける少年からしわがれた男の声がする。
「じゃあどこだ?」
「ヒーラーに会いたければ、我々の条件をクリアしろ。お前たちに、公安の裏の部隊を率いる津田広助を見つけて引き渡せ」
少年がバットでベッドを叩く。
「津田助広?そんなヤツは知らん」
少年はバッドで叩くのをやめた。
「あんたも薄々は気づいているはずだ。特殊能力も持つ人間たちを次から次へと消し、いろんな事実を隠蔽しようとしているヤツらの存在を」
「条件なんて何でも飲んでやるよ。それよりも、そのヒーラーは本当に奇跡が起こせるのか?証拠を見せろ」
少年はベッドに座り、足をぶらぶらさせた。
「午後7時。赤羽の中塚翠涛(すいとう)記念病院3階の7号室へ来ればわかる」
少年がふと我に返る。
「あれ?なんで僕はこんなところに?」
腕時計を見て、練習に遅刻しちゃうと慌てて部屋から出て行った。
当麻はニノマエの家に来ていた。ニノマエの母親が玄関に出てくると学校関係者を装い、ニノマエを呼び出させた。
「学校の先生が見えているわよ、あんた何やったの!」
「えッ、何もやってないよ」
ニノマエがジャージの下を履いて急いで階段を降りてくる。
階段を降りてくる足音を聞いて、玄関口に立つ当麻は背中に隠した拳銃の撃鉄を親指で上げる。ねぐせのついた頭のニノマエが玄関に現れる。
「ニノマエ」
当麻が隠していた拳銃をニノマエに向ける。ニノマエが指を鳴らすと、次の瞬間、当麻は高層ビルの屋上の縁に立ち、ニノマエではなく外に向けて拳銃を構えていた。状況が飲み込めない。下を見てビルの屋上だとわかると、後ずさりして拳銃を下ろした。
「母さんを巻き込むことはねえだろう」
背後からニノマエの声がする。当麻は振り返り、ニノマエに拳銃を向ける。
「あんたの母さんを巻き込まねえよ。私をナメんな」
ニノマエは黙っている。
「おとなしく自首しなさい。さもないと撃つよ」
「僕に命令できる立場?」
ニノマエが落としてやろうかと言わんばかりに、ビルの下を覗き込む。
当麻はビルの下を見て、包帯の巻かれた左手に銃口を押しつけた。
「こん中にはプラスチック爆弾が入っている。半年前は逃がしたけど、今回は絶対逃がさない。何が目的なの?てか誰に脅されてるの?」
ニノマエは何も答えず、ビルの下を見ている。
「母さんを人質に?」
ニノマエは否定しなかった。
「わかった」
当麻が拳銃を下ろし、
「私が命を懸けて、あんたの母さんを守る。私を信じて」
とニノマエに歩み寄る。
「だから、もう人を殺すはやめなさい」
ニノマエが近づいてきた当麻に向き直る。
「君が僕の家族を皆殺しにしたんじゃないか」
「え?」
当惑する当麻。
ニノマエが冷ややかに笑う。
「爆弾魔なのに説教なんて、まじウザイ……死んじゃえ」
パチンとニノマエが指を鳴らした。
当麻がビルから落ちた。
グシャ。
豆腐が床に落ちて崩れる。
「サヤ、ヨウタいい加減にやめなさい!」
女の声がする。(サヤは当麻のことか?)
絶叫のとともに当麻がベッドから起き上がる。壁には習字、フーコーや日本人ノーベル学者の肖像、棚に雑然と積み上げられた本、ちらかったコタツなど見慣れた景色。
「なぜ……わたしの部屋?」
そこは古びた家の自分の部屋だった。ふと障子が開く。当麻の祖母と地居だった。
「おばあ様……左利き……」
「どうしたの大声出して。大丈夫?」
祖母がベッドから起き上がった当麻の様子を伺う。
「私……どうして?」
当麻は戸惑っている。
「新宿のホテル脇の駐車場に倒れてたんだよ」(女性が見つけて救急車を呼んだ模様)
地居が説明する。(なんで救急車を呼ばれてるのに、野々村係長でもなく地居が状況を知ってるんでしょう?)
「あんなに食べてるのに貧血なんて、や~ね、年頃の娘が」
祖母が嘆く。寝不足?働きすぎ?と地居が当麻に訊く。
「そんなんじゃない」
当麻の脳裏にビルから落ちたときの恐怖が蘇る。当麻の苦悶の表情を見て心配になった地居が当麻に声をかける。
「大丈夫?」
「ごめん一人にしておいて……」
当麻はそう小さく呟いて手で顔を覆った。
「仲人? 僕と女房が?」
未詳の応接ソファに座る野々村係長が変な声を出す。
「はい」
野々村係長の前に仲睦まじく座る雅ちゃんと猪俣が頷く。
「みや……みや……正汽君。おめでたい話だが、うちの女房は海外に2年間出張中でね……」
野々村係長は雅ちゃんと言えず、苗字で呼ぶ。雅ちゃんは野々村係長の方へ指にはめた婚約指輪を向け、嬉しそうに見る。
「弁護士の奥様には先週お会いして、快くご了解いただきました」
雅ちゃんの口調には、離婚を迫れなかった意気地なしの野々村係長への当て付けような、皮肉が篭っている。
「マジで……」
絶句する野々村係長。
「前向きにご検討下さい」
猪俣が立ち上がると、その男の腕に雅ちゃんが腕を絡ませ、二人は故障中のエレベーターに向かった。恨めしそうに野々村係長が二人の背中を見る。猪俣が下を見ながら梯子を降り始めると、雅ちゃんは野々村係長の方を見て、腰に手を当ててOKマークを作って笑顔でウィンクした。
「キャン!」
野々村係長もパブロフの犬的みたいに雅ちゃんと同じく、満面の笑みを浮かべて腰に手を当ててOKマークを作った。雅ちゃんが降りて行った後、野々村係長は手で作ったOKマークをしげしげと眺める。
「これは何のプレイだ?」
台所のコンロで似ている鍋に、祖母が餃子を入れる。
「じゃあ僕はそろそろ」
地居が台所の暖簾をくぐって当麻の祖母へ帰りの挨拶に来る。祖母はご飯を食べていくようにすすめたが、バイトがあると地居は断った。祖母が残念がる。
「じゃ挨拶だけ……」
地居が台所を出て行くと、居間にある仏壇に手を合わせた。
「そういえば、もうすぐ命日だわ」
祖母が居間に食器を持ってくる。
仏壇には少年(ヨウタ?)と当麻の両親の写った写真が置かれていた(佐野=サムデイ=元春と石田えり!)
「今度、じっくりパソコン教室開きますね」
地居は祖母と約束し、バッグを取って立ち上がった。
「ありがとうね」
祖母は見送った。地居は当麻の部屋がある二階へのびた階段を見上げて家を出て行った。
赤羽の中塚翠涛(すいとう)記念病院3階7号室の前に瀬文が来た。
「ここで見ていろ」
太った野球少年の時と同じしゃがれ声をした二人の看護婦が病室を指差す。
当麻が病室の前に立つと、ExileのChu Chu Trainが聞こえてくる。
EXILEのような格好をした連中が、CDラジカセでChu Chu Trainを流して、ぞろぞろと病室に入っていく。
「EXILEもどきかよ」
瀬文が毒づく。
「一番前はEXILEのナオトだ」
じゃがれ声の看護婦が瀬文に耳打ちする。先頭の男がサングラスを外す。素顔を見て瀬文が驚く。
「え?本物?」
病室には酸素マスクをつけた幼い男の子がベッドに寝ている。Chu Chu Trainが流れる中、EXILEもどき+ナオトが男の子を囲んで腕技を披露する。それを見ている瀬文の頭に血が上る。
「ナメてんのかオレを」
EXILEもどき+ナオトが男の子を向いて一列になってグルグルと上半身を回して、Chu Chu Train回転し、最後にカメハメハ波を打つように臍のあたりに両手で「気」を包み、男の子に向けて放った。
ベッドに寝ていた男の子はふと目覚めて、自分で酸素マスクを外し、体についていたコードを取って元気に立ち上がった。
「何だ?」
瀬文が当惑する。
「あんたも経験したろ?」
じゃがれ声が言う。瀬文も、線路下のアンダーパスを歩いていたときに怪力SPEC HOLDERの脇の豪速球を受けて骨折した腕が、見知らぬ女性にぶつかって治っていたのだった。
「俺が出会ったヒーラーは女だった。他にもいるのか?」
「あの女はただのメッセンジャードールだ。お前の腕を治したのは、この五人だ」
病室から出てきたナオトがEXILEのCD「CATCH BEST」を瀬文に手渡し、サングラスをかけると、もどきを引き連れて病院を出て行った。
じゃがれ声の看護婦が言う。
「ヒーラーが欲しければ、公安の中にいる津田助広の身柄を引き渡せ」
「俺に警察を売り渡せと言うのか?」
「何言ってんだ。津田助広は違法な存在だよ。本来は警察に逮捕してもらって、罪を償ってもらいたいが、そっちの権力は自分たちの罪を償うつもりがない。君はその不正を正すだけだよ」
「ママ~」
ヒーラーの力で病気の治った男の子が母親に抱きつく。
「杉太郎、治ったの?」
母親が訊く。
「うん」
子どもが力強くこたえる。
「元気なの?」
「げんき!」
母は泣き出して杉太郎を抱きよせた。
「ママなんで泣いてるの?」
母と子が抱き合い喜ぶ光景を見ている瀬文に2人の看護婦がコインロッカーの場所を示した地図と鍵を差し出す。
「これが津田に関する資料の鍵だ。このコインロッカーに入れてある」
瀬文が鍵を握る看護婦の手首をぐいっと掴む。その瞬間2人の看護婦は我に返り、
「何をするんですか!」
と叫んだ。
「え?」
瀬文が驚いて手を離すと看護婦は地図を捨てて走って逃げた。だが鍵は握りしめたままだった。
「鍵!」
瀬文が叫ぶと、看護婦は瀬文の方に戻ってきて、鍵を瀬文へ投げた。しかし看護婦のコントロールが悪く、鍵は瀬文の後ろまで飛んでいった。瀬文は鍵の方を向いて、クソっと罵った。
人気のない道路に置かれたコインロッカーを瀬文は開けた。中には封筒が1つ置かれている。中身を確かめると、USBメモリー1本と2枚の写真が入っていた。写真にはキャップをかぶり、サングラスをかけた津田助広が写っている。
昭和初期を思わせる木造の古い診療室。
「防弾チョッキを着ていたからなんとか致命傷に至らなかったものの、大怪我であることは間違いないですから、気をつけてください」
医者が言う。その前に置かれた診察ベッドには胸に包帯を巻かれた男が腰掛けていた。
「いつもすまんね」
男は上着を来た。津田助広だった。胸を撃たれたが助かっていたのだ。
「狙われてるんでしょ。いっそ顔と声を変えますか?」
「イヤだねぇ。この顔、結構モテるんだから」
津田が笑う。
「先週のマイケル・ジャクソンのコンサートのチケットありがとうございました」
医者が礼を言うと、津田はシーッと口に指を当てた。
「絶対喋んなよ!バレたら世界中で大騒ぎになちまうから」
津田がソファにかけてあった上着を持って診療室を出ていこうとしたとき、
「マイコー!」
と医者に呼ばれた津田は、
「アウ!」
ムーウォークの真似をした。
コインロッカーで津田の情報を手に入れた瀬文はその足で、警察病院の志村の病室を訪れた。手には銀だこの袋を持っていた。植物状態で自発呼吸ができない志村の喉には人工呼吸用のパイプがつながっている。瀬文は銀だこの袋を志村のベッドの脇に置くと、病室を出て行った。その帰り道、自分がSITのリーダーとして志村たちを訓練していたときのことを思い出した。志村は階段の昇降訓練で落ちこぼれていた。そんな志村に瀬文はハッパをかけていたのだった。
「またか……」
志村の妹の美鈴が、兄のベッドの脇に置かれた銀だこの袋を見て溜息をつく。そしてそれを捨てようとして袋に触れたとき、瀬文のヴィジョンが見えた。
SITの制服を着た兄の志村がひとり壁にもたれかかって膝まずき、悔し涙を流していた。
「泣くなSITの隊員だろ」
瀬文からそう声をかけられると、
「すいません、あまりにも自分が腑甲斐なく……」
と立ち上がって瀬文の方を向いた。瀬文は大きなビニール袋を持ってた。
「みんな最初はそうだ。歯を食いしばって、歯を食いしばってそうやっていつか一人前になる。自分を信じろ」
「はッ!」
と答える志村は泣いている。
「泣くな」
瀬文が泣きっ面の志村の頭を小突き、かがんで袋を開けた。
「銀だこ食え。いろいろあるぞ」
「自分はさっぱりおろし天つゆねぎだこが食いたいです」
志村が笑顔に変わる。
「あるよ。ほかも食うか」
瀬文が袋からたこ焼きのパックを取り出し、道路に広げていく。
「いえ。そんなにひとりで食えません」
瀬文が志村を見て笑う。
「ひとりで食わせるかバカ」
垣根に隠れていたSITの仲間が顔を出し、
「確保!志村テメエ~」
と志村の周りに集まってきて、銀だこを食べ始める。志村が銀だこをほうばったまま
「銀だこ、旨い!」
と叫ぶ。そんな志村を瀬文が調子のいいヤツだといわんばかりにまた小突き、笑う。
だが志村との思い出を回想する瀬文の顔は暗い。瀬文は最後の瞬間を思い出していた。志村が自分に向けてサブマシンガンを撃ったはずだが、次の瞬間、撃たれて倒れたのは志村の方だった。
その兄の最後の光景を、美鈴は、瀬文のヴィジョンを通じて見た。
「ホントだったんだ……瀬文さん」
美鈴の眼に涙が浮かぶ。
瀬文は誰もいない未詳に戻り、渡されたUBSメモリーの中身を確認する。「中野学校の真実」というタイトルの本に関するファイルがあった。著者は渡辺麻由人。プロフィールには:
2003年に警察庁入庁後、防衛省防衛局調査配属、警察庁長官官房審議官(交通局担当)の経歴を経て、2009年に退職して以来、フリーのルポライターとして活躍中、
と書かれ、「公安零課出身?」というメモ書きはつけられていた。
翌朝、当麻は、何かに怯えるように抱き枕をかかえて自分のベッドに横になっていた。頭に浮かぶのは、自宅の玄関に出てきたニノマエ、自分が撃った銃弾に当たって死んだ脇、爆発の後不敵に笑うニノマエの顔、ちぎれた当麻自身の左手、そして死んじゃえとニノマエに言われたあとビルから落ちたときのこと。
「どすこい電話だよ。SAY WOW!」
と当麻の携帯の着信音がする。携帯を開くと未詳からだった。当麻は一瞬ためらったが、電話に出た。
「当麻くん、今日はお休み?」
電話をかけてきたのは野々村係長だった。
「お休みします。有給です」
「有給残ってないよ」
むっとする当麻。
「じゃあ病休です。例えば生理休暇です」
「例えばって……」
野々村係長が呆れる。
「瀬文くんも来てないんだけど、何か知ってる?」
「どうかしました?」
「いや……荷物が片付けられていてね」
それを聞いた当麻がハッとしてベッドから飛び起きる。
瀬文の机には「辞表」と書かれた封筒が置かれていた。
「例の検事局の不正、裏が取れましたよ。買います?」
そう携帯電話で話す帽子をかぶった男を、瀬文が壁越しに尾行している。
「この記事、潰せるなら500万出すって先方から言われてるんですけどね……」
その男の前に瀬文が出てきた。
「渡辺麻由人だな?」
そう言われた男は電話を切った。
「瀬文……さん」
渡辺麻由人は瀬文を知っていた。二人はビルの影に入った。
「何ですか?」
渡辺はタバコに火をつけ、気だるそうに瀬文に訊いた。
「津田助広の居場所を教えてくれ」
「誰ですかそれ?」
津田がしらばくれてタバコをふかす。
「津田がお前を殺そうとしてるんだ」
「えッ、マジですか!?」
驚く渡辺の後頭部を瀬文が叩く。
「知ってんじゃねえか」
瀬文に叩かれて道路に飛んだ帽子を渡辺が拾ってかぶり、
「タカトシかよ。真面目な顔して誘導尋問しないでください」
と毒づくと、瀬文のパンチが左頬に飛んできた。
「権力ナメんなよ。そいつがどこにいるか教えろ」
「いくら瀬文さんの頼みでも無理です」
渡辺はそう言い捨てて、歩き出した。瀬文は追いかけ、渡辺の背中を掴む。
「時間がないんだ。教えろ。でないと殺す」
瀬文は渡辺の腰に拳銃を突きつけた。渡辺は何も答えない。
「津田はどこに居る!」
瀬文は拳銃の遊底を引き、チャンバーに弾を装填する音が響くと、再び渡辺に突きつけた。
「本気で撃つぞ」
タバコを持つ渡辺の指が震え出す。
「話しますから」
渡辺が腰をかがめ、怯えながら瀬文の拳銃から遠ざかろうとする。瀬文が渡辺を威圧するようににじりよる。
「瀬文さん、零課って知ってます?」
「零課?」
「公安の特務班です。政府の中でも一部の人間しか知らない秘密の組織。津田さんはそこの指揮官で、つい最近撃たれたんです」
「誰に?」
「知ってるでしょ。冷泉を奪還しにきたヤツらです」
瀬文は当然知っていた。心を読むSPEC HOLDERのサトリが未詳にやって来て、瀬文の頭に浮かんだ公安の隠れ家の場所を読み取ったのだった。渡辺が話を続ける。
「その特務班は数十年も前から、水面下でずっと活動してたんです。サブコード対策で」
「サブコード?」
瀬文が顔をしかめる。
「一体何だそれは?何か組織か?」
「瀬文さん、これ以上は触らないほうがいい。組織とか半端なもんじゃないんだ」
そう訴える渡辺の眼に恐怖の色が浮かぶ。だが瀬文は動じず、渡辺に拳銃をつきつける。
「いいから教えろ。津田の居場所はどこだ?」
「それは……わかりません」
渡辺は瀬文に頭を思いっきり殴られ、階段の手すりにもたれかかると、背中を掴まれた。
「今度はボイラー室に入るか?蒸し焼きも乙なもんだぞ」
無数のダルマが置かれた赤い部屋。
「フリーライターの渡辺と瀬文が接触しました」
「あっそ~じゃあ、処分!」
キャップを深くかぶってソファーに寝そべり、点滴を居受けている津田が命じる。
「じゃあ事故に見せかけて、渡辺と瀬文を殺します」
頭を剃りあげたガタイのでかい背広の男が言う。
瀬文焚流と渡辺麻由人と書かれた2つのダルマが新たに置かれる。
「未詳は?」
背広の男が訊く。
「う~ん、なくていいんじゃない。逆に痕跡ごと」
「はッ!」
背広の男が答えると、「未詳」と書かれた大きなダルマが加わった。よろしくと津田がソファに寝そべりながら、背広の男に向けて手を上げた。男が部屋を出て行くと、津田はイカの駄菓子の瓶に手を伸ばす。
「痛ッ」
津田の体に痛みが走った。痛みをかばうように津田はぎこちない動作で瓶の中からイカの駄菓子を一本取る。
捜査一課の馬場管理官自ら殺人現場に赴いてきた。場所はビルの地下ボイラー室。馬場はハンカチで顔を覆っている。猪俣が遺体にかけられたビニールシートを剥がして、顔を馬場に見せる。ボイラーで蒸し焼きになった酷さに馬場と猪俣が顔を背ける。猪俣がガイシャの情報を馬場に読み上げる。「渡辺麻由人、30歳。フリーのルポライターです」
「30歳か、まだこれからなのになあ……」
鹿浜が遺体を見ながら呟く。
「惨いことじゃねえ」
猪俣がガイシャに手を合わせる。猪俣がガイシャの服から手帳が出ているのを見つけ、中を調べた。
「午前10時30分 公安瀬文 取材」
と書かれていた。それ以外にも瀬文とのことが多く記されていた。
「瀬文といろいろモメていたようだな」
「瀬文……」
その名を聞いて馬場が顔を覆っていたハンカチを取った。
「重要参考人として指名手配だ」
「はい!」
鹿浜と猪俣が頷く。
廃業したバーのような場所。瀬文は渡辺が死んだことを携帯のニュースサイトで知った。そこに「餃子女」から電話が入る。
「なんだ?今、俺は有給中だ」
瀬文がうざったそうに電話に出た。
「私だって生理休暇中だよ」
当麻がキャリーバッグを引きながら都心の坂道を歩いている。
「だったら何だ?休みにかけてくるな」
「瀬文さん、疑われてますよ」
当麻は警察無線を盗聴していて、渡辺麻由人殺しの容疑者になっていることを瀬文に教えた。
「俺はやってねえ」
「分かってますよ。そんなこと。でも色んな証拠捏造されてやられるかもしれません」
当麻は橋を渡り始める。
「覚悟の上だ。“命捨てます”これが俺たちSITの誓いの言葉だ」
当麻が立ち止まる。
「命ナメんな。何がSITだ、いつまでも!」
「何だと!」
「あんたは未詳の人間じゃねえのかよ!だったらあんたを心配している私らは何なんだよ!」
瀬文は黙っている。
「私は瀬文さんのことを仲間だと思ってます。仲はまあ、まったく良くなかったけど。絆はあったと、私はだいぶ思ってます」
瀬文はじっと当麻の携帯に耳を傾けている。
「さりげなく、何度も命を救ってもらった。そのことも私、ちゃんとわかってます。だから一人で勝手にドンドン行かないでくださいよ。私や係長を時には頼ってください……てか聞いてます?」
当麻は携帯を見ると通話は切れていた。すると瀬文から電話がかかってきた。
「電話切るな」
瀬文と当麻が同時に言い合い、
「切ってねえし」
とこれまた同時に答える。
「お前あれだな……」
今度は瀬文が話しだす。
「すんげえ性格悪いし、相当ブスだし全身ニンニクくせいし……」
「何だとこの野郎!」
当麻がキレる。でも瀬文は話を続ける。
「その割にはお前と出会えて良かったと、たまに、一瞬、まれに思う」
当麻がうつむき、鼻をすする。
「何かあったら必ず連絡する。だからお前はお前の事件を追え。お前こそ何かあったら連絡しろ。すぐ駆けつける」
「はい」
当麻はそう言って電話を切った。
当麻は再びニノマエの自宅を訪れた。だがすでに家財道具のすべてが消え失せ、もぬけの殻だった。
「証拠隠滅のつもりか、あの野郎」
当麻は呟き、ふっと笑って手袋をはめると二階のニノマエの部屋から順番にすべての部屋を探しまわった。そして最後に洗面所の隙間に落ちていた歯ブラシを見つけ、証拠品のパウチに入れた。
次に当麻はニノマエの高校を訪れ、担任だった2年C組の女教師にニノマエのことを訊いた。女教師は昨日から連絡が取れなくていると答え、ニノマエが写った写真を当麻に見せた。
「半顔……」
それは文化祭と書かれた看板から偶然、ニノマエが顔を半分覗かせた写真だった。当然カメラを見てはいない。ニノマエはとにかく写真に写りたがらないのだと教師は言う。しかも修学旅行や学園祭などの学校行事もほとんど欠席していた。
「他に変なところはありませんでしたか?例えば成績は?」
「筆記試験の結果はとてもいいです。でも授業で当てても何も答えません」
「絶対時を止めてカンニングだ。うらやま」
当麻が独り言ちる。教師が聞き返すが、当麻はそれを無視して母親の勤め先がわからないかと尋ねた。
「ニノマエさんは元看護婦さんだったらしいですよ」
母親がバイトをしていた職場の頭の禿げ上がった社長が当麻に答える。当麻の前には、氏名欄に一二三(ニノマエ・フミ)と書かれた履歴書が置かれ、それを当麻は机に顎をつけて眺めている。
「未婚の母で、まあ、よくある医者との関係だったのかな。グフフ」
ハゲ社長がいやらしく笑う。当麻が不快感をあらわに尋ねる。
「引っ越したらしんですけど、何か連絡ありませんでした?」
「いえありませんよ、ゲヘヘヘ、それでね……」
社長が話を続けようとするが、当麻が苛立った声で
「手がかりがあったら何か連絡ください。ガチでヤバいんで」
と言い、ペンで殴り書きしたメモを禿げた社長のおでこに貼りつけて事務所を出て行った。
「ごめんね母さん」
学生服を着たニノマエが新居に帰ってくる。部屋中に引越し屋のダンボールが積まれている。
「一体何が起こっているの?教えて」
床に座り込んでいるフミが訊く。
ニノマエがフミの前に膝まずき、
「大丈夫。母さんは僕が守る」
と言うと、持っていたバッグに手を入れ
「金もある」
札束を床にばらまいた。フミはそれを見て動揺し、顔を上げてさらに驚いた。
「あなた何なの!?」
ニノマエの後ろに茶色いコートを着た男が立っていた。男は両手をフミの両こめかみに押し当てた。するとフミは気絶して倒れた。
「記憶を書き換えてくれるなんて便利だね、お前」
ニノマエはコートの男を見上げる。
「さあ、仕事に行くか」
と立ち上がると、
「もう帰っていいよ」
とコートの男に言って、床に2つ札束をおいて外へ出て行った。
「お出かけですか~レレレのレ~」
野々村係長がエプロンをして未詳の床を掃いている。
「お出かけですか~ミ」
と言ったところで、バタンと音がして故障中のエレベーター口にキャリーバッグが乗せられる。
「なんでエレベータ壊れててんだよ」
当麻が息を切らせて梯子を登ってくる。
「病休たったんじゃなかったの?」
野々村係長が訊く。
「瀬文さんのパソコンどこっすか?」
当麻が尋ねる。
「無いね。押収されちゃった」
野々村係長があっけらかんと答える。
「君のも、僕のもだよ。いろいろ資料も持っていかれちゃった」
「誰に?」
「上のほ~う、だよ」
野々村係長が天井を指さす。
「未詳もお取り潰しだそうだ。僕もクビ」
「え!?」
当麻が驚く。
「まあね、定年の後も10年間、刑事続けられてよかったよ」
野々村係長が箒を握ったまましみじみと言う。
「なに黄昏てるんですか」
「黄昏ですか~ソソソのソ~」
野々村係長がおちゃらける。当麻がキレる。
「係長!」
真顔になった野々村係長が当麻を向き、
「公務員には守秘義務ってのがある。だから僕もずっと黙ってたけどね。もう公務員じゃないから喋っちゃお~」
と箒を机に立てかけると、自分の机の椅子をどけて天井を見上げた。
「雅、男、野々村の無作法を許せ」
と頭を下げて、天井に貼ってある雅ちゃんの写真をはがすとその裏からMiniSDカードが出てきた。(雅ちゃんの前に貼ってあったのは弁護士バッジをつけた女性の写真。奥さんですか)
「昔、弐係で一緒に働いてた東大卒の女刑事(ケイゾクの柴田純か)がいてね。いまや結構偉くなっちゃってんだけど。この前、こそっと資料をくれたんだ」
野々村係長が当麻にそのカードを見せる。
「何の資料っすか?」
「ありゃ、パソコンないね!」
当麻がキャリーバッグからノートパソコンを次から次へと出していく。
「ほれ」
「1台でいいんです」
「ふん」
当麻が一番上の黒いのを指差す。
野々村係長がパソコンにカードを挿し込んでファイルを開く。
「我々未詳の裏の組織、いやむしろ、我々の方がただの囮だな。この資料によると、特殊能力者対策特務班・警視庁公安部公安零課。通称AGRESSOR(アグレッサー)」
「アグレッサー?」
「陸軍中野学校に由来すると言われている。公安の中の公安。秘密警察の中の秘密警察だ」
「この21世紀にそんなものが……どこにあんすか?」
コンビニ弁当を食べる瀬文の視線の先には国家議事堂があった。
無数のダルマが置かれた赤い部屋で津田がイカを貪り食う。
「あ~うまッ最高。生きてて良かった」
瀬文の前に赤い1台のジャガーが止まり、助手席のウィンドウが下がる。キャンディーをしゃぶる女が運転席から瀬文を見ると、
「乗れ」
としゃがれ声で命じた。
その聞き慣れた声にしたがって瀬文がジャガーの助手席に乗る。
「条件はクリアできそうか?」
しゃがれ声で女が尋ねる。
「津田の居場所はあそこだ」
瀬文は背後にそびえる国会議事堂に顔を向けた。
「だが厳重な警備の中にいる。外部の人間が入るのは不可能だ」
「心配ない。対策は用意した」
女が言う。
「対策?」
「僕のことだよ。瀬文さん」
後部座席から少年の声がする。瀬文が振り返る。
「誰だ?」
「ニノマエ・ジュウイチ。当麻さんに狙われている犯罪者って言えばわかりやすいかな」
「お前が!?」
ニノマエが頬づえをついて瀬文に顔を近づけ、純朴そうな眼で瀬文を見つめる。
「僕は何度かあなたに会っているよ」
「え!?」
「津田の居場所まで案内してよ」
「場所は教えるが、あの警備を突破するのは無理だ」
「それじゃあ津田を引き渡すことにならないじゃん」
ニノマエが笑う。
「志村さんが死んでもいいの?」
瀬文はニノマエから顔を背けて黙った。
「大丈夫。僕に任せて」
「本当に志村は助かるんだろうな?でなければ警察を裏切る意味がない」
「大げさだなあ」
ニノマエが言う。
「津田ってヤツは人殺しだよ。何の問題があるの?」
ニノマエの眼差しが怒りを帯びる。
「僕たちの存在を隠すためなら誰でも殺すんだ。警察の名を借りた殺人マニアだよ」
「拉致した後、殺すのか?」
瀬文が訊く。
「気になる?やめる?」
ニノマエがいたずらっぽく尋ねる。
「俺にとって大事なのは志村の命が助かるかどうか、それだけだ」
「それは大丈夫。約束する」
「そんな違法な組織が許されるんですか?」
当麻が特殊能力者対策特務班の報告書に目を通す。
「法治国家としては違法だが、この国の治安を守るという意味では必要だ……私はそう思い込もうとした」
野々村係長が淡々と語り始める。
「犯罪ひとつとっても、法律は特殊能力者には対応しきれないからね。そうして新しい人種差別が起る。ことによると革命になる。戦争にもなる。だから私はこのパンドラの箱を開けてはならないと信じていた」
当麻は黙って聞いている。
「しかし時代は変わった。人間の進化がもし本当なら、真実を覆い隠すことは許されない。ただ見ての通り私は老人だ。パンドラの箱を開ける力はもうない。だから君たちにきてもらったんだ」
野々村係長の視線は当麻に向けられていた。
「係長が?」
「ああ」
野々村係長が穏やかな声で頷いた。
「私が君たち2人をここに呼んだんだ」
衝撃を受ける当麻。
「どうするつもりだ?警備員も監視カメラもハンパねえぞ」
瀬文がリアウィンドウから国会議事堂を見る。門の前には警備員が立っており、通りには監視カメラら乱立していた。
瀬文たちが乗る赤いジャガーにSPが一人駆け寄ってくる。
「すいません。ちょっとここに車止めないで」
瀬文は警察に見つかったことに焦り、何も答えない。
「簡単だって」
ニノマエが笑い、指を鳴らすと、時が止まった。
「瀬文さん」
ニノマエが瀬文の腕を叩くと、瀬文は時間凍結から解放された。瀬文が驚いてあたりを見回し、車を降りた。周囲の時間はすべて止まってた。ニノマエも車を降りる。
「どういうことだ?」
瀬文は訳がわからず動揺する。
「さあいくよ」
ニノマエが国会議事堂に向けて歩き出す。瀬文もついて行った。時間が止まる中、ニノマエと瀬文は悠々と国会の正面から中へと入っていく。警備員も、政治家も、秘書も、誰も動かない。
「なぜこんなことが」
瀬文が状況が飲み込めない。
「警備員なんて僕の前じゃただのマヌケな人形なんだよ」
ニノマエは動かない警備員の帽子を取って、政治家の頭にかぶせて、その肩に腕を置くと、満面の笑みを浮かべながら、瀬文にVサインをする。
「それが、どんな偉い人でも同じ」
固まっている瀬文。
階段を登るニノマエが瀬文に振り向いて、両手を広げる。
「早く!どっち?早く!早く!は・や・く!」
ニノマエが瀬文を急かせる。
そして瀬文とニノマエは、警備を難なく通り、ロックのかかった白いドアにたどり着いた。
「ここだ」
瀬文が呟く。
「ロック解除して」
ニノマエが壁にもたれかかれる。瀬文は紙袋からメモを取り出し、テンキーを押す。ロックが解除され、瀬文は中に入った。中は赤い光に満ちていた。
「簡単でしょ」
ニノマエは瀬文を一瞥して、中に入る。
警官2人が腰をかがめ、津田がソファに座って箸を持った右手を横につき出して、警官の1人の何かを言っているようだった。
ニノマエがダルマを見る。
「こいつらが殺してきた人間たちの名前だよ」
御船千鶴子(X)
伊駒舞(X)
桂小次郎(X)
古戸久子(X)
海野亮太(X)
焚流(瀬文焚流?)(×なし)
冷泉俊明(×)
瀬文は冷泉の名前を見つけた。自由を求めて逃げた冷泉もすでに消されていた。冷泉のダルマに瀬文は手を合わせる。
「ふざけてるよね。こいつらにとって人間の命はダルマ並ってことだ」
一瞬、ニノマエが津田を睨むと、笑顔に戻って瀬文に訊いた。
「ねえ、ちょっとそこらへん掃除していく?」
ニノマエは、ドア付近の2人の警官のあたりを指さしている。
「掃除?」
瀬文の答えを聞かないうちに、ニノマエは指を鳴らして止めていた時間を戻した。ニノマエと瀬文の出現に津田と警官が慌てる。
「こんにちは」
ニノマエが警官に手を振る。警官2人はニノマエに銃を向け、津田は瀬文に銃を向けた。瀬文も津田に銃を向け、全員が発砲した。その瞬間またニノマエが指を鳴らして時間を止めた。
「瀬文さん」
ニノマエが瀬文に声をかけると、瀬文の時間凍結が解除された。津田の放った銃弾が瀬文の目の前に止まっている。
「見てて自分で撃った弾で死んじゃうよ」
ニノマエがそう言うと、自分に向かってきていた弾を指で弾いて反転させた。
「もしかして、お前があの事件の……」
志村が撃った弾で植物状態になり、脇が自ら放った銃弾で死んだ事件。瀬文は全身の血が逆流していくのを感じた。
「そうだよ、結構マメでしょ。でもこのおかげであんたの命は助かった」
「俺の命なんかどうでもいい!」
瀬文がニノマエに拳銃を向ける。
「命ナメんな、この野郎。よくも志村を……」
「志村さんはあの時、誰かに操られていたの。だから処分せざるを得なかったの」
「操られてた?誰にだ?」
「僕たちに逆らう奴ら」
ニノマエが瀬文の前へと歩み寄る。
「君たち警察を巻き込んで、騒ぎを起こしたかったんじゃない?」
「だからって志村を撃つ必要はねえだろう!」
瀬文があらん限りの声で怒鳴る。
「僕だって!」
瀬文の構える拳銃の銃口のすぐ前にニノマエが顔をよせる。
「僕だって好きでやってるわけじゃない」
瀬文が拳銃を下ろすと、ニノマエは瀬文をどけて津田の放った銃弾の前に立った。
「このまま指を鳴らしたら、楽になれるかな」
瀬文が宙に止った銃弾をすべて手刀でたたき落す。
「楽にさせるか」
ニノマエはうつむいて床に落ちた銃弾をしばし見ていたが、何かを振りきって笑顔を作ると瀬文を向いた。
「行こっか。運ぶの手伝ってくれる?」
ジャガーの後部座席に、足首を縛り、口にタオルの猿ぐつわをはめた津田を瀬文が乗せる。ニノマエが指を鳴らし、時間が動き出す。瀬文が走りだしたジャガーをずっと見ていた。後部座席から津田が、自ら殺そうとした瀬文に必死に助けを求める。ジャガーは段々と小さくなり、町の中に消えた。
二発の銃声が轟く。
「これで瀬文さんも僕と同じ罪を背負った」
ニノマエが言う。瀬文は眼を閉じてうつむいた。
「でも恥じる必要はないよ」
ニノマエが瀬文に薄ら笑いを浮かべる。
瀬文は何も言わず、顔を震わせながら、人を殺しておいて良心の呵責はないのかという眼でニノマエを睨む。ニノマエが携帯に電話をかけ、
「約束どおりヒーラーを手配してあげて」
電話を切ると、
「志村さんのところに行ってあげな」
と瀬文に言うと、瀬文の前から消えた。驚いて周りを見るがニノマエはもうどこにもいなかった。
無線傍受機に入ってくる無線を当麻と野々村係長がヘッドフォンで聞いている
「津田さんが消えた」
「ポイントから拉致された模様」
「瀬文とニノマエが一瞬見えたとの目撃証言あり」
「瀬文とニノマエだと?」
「待て盗聴されている。回線を切り替える」
瀬文とニノマエが何をと当麻が考えを巡らし、気づいた。
「取引したんだ……瀬文さんは志村さんのところに」
当麻は警察病院に急いだ。
瀬文が警察病院の玄関に入ると、ちょうどChu Chu Trainを流しながらナオトたちが玄関を出るところだった。
「もう終わったペや」
瀬文にそう言って彼らは去っていった。瀬文が志村の病室へと駈け出し、廊下で美鈴に会い、志村が目を覚ますかもしれないと告げ、また走りだした。美鈴も瀬文の後を追って走りだした。
「先輩!美鈴!」
瀬文の後ろで声がする。二人が振り返る。病院着のままの志村が立っていた。そして瀬文に敬礼した。
「申し訳ありません。作戦中に気絶してしまいまして」
「お前……ケガは?」
瀬文が尋ねる。
「何のことでありますか?まったくなんともありません!」
志村が答える。当麻もやってきた。
「どういうこと……」
美鈴も混乱している。
「瀬文さん」
当麻が声をかける。瀬文が泣きそうな眼で当麻を見る。
「当麻、俺はどうすれば……」
当麻の眼にもうっすらと涙が浮かんでいる。
「難しいことを考えるのはやめて、笑っとくってのはどうっすかね?」
瀬文は目に涙を浮かべ、笑いながら志村に向き直る。
「志村、敬礼やめろ」
「はッ!」
志村は敬礼をやめた。
「二度とSIT魂に恥じぬよう、全力を尽くします!」
「よし」
志村は今一度瀬文に敬礼する。
「命捨てます」
瀬文は志村に泣きながら言う。
「命捨てんな」
「はッ!命令通り長生きします」
それを聞いて瀬文がフッと笑い声を漏らす。志村も笑う。美鈴が志村に抱きつこうとするとと、志村の前に、右手に赤いブブセラを持ち、左手にアタッシュケースを握った2人の黒ブチメガネオヤジのサラリーマンが現れ、耳をつんざく大音量でブブセラを吹き始める。すると志村の体が次第に消えてき、異空間に飲み込まれた。続いてブセラサラリーマンを消えた。
ぶちっと肉の塊が潰れる鈍い音がして、女性の叫び声が病院の外から聞こえてきた。
「まさか……」
瀬文と当麻が外へと急ぐ。
「ヤダ……ヤダ……ヤダ……」
美鈴はその場に立ち尽くした。
当麻と瀬文が外に出ると、庭に志村が頭から血を流して倒れていた。生き絶えた志村の骸の脇に瀬文に寄ってへたれ込む。
「許せない……許せない……ニノマエ……」
当麻が悔しさをにじませる。
「約束と違うじゃん」
ニノマエが会議の場に現れて言う。
「いいのよ、約束なんて」
フランス人の女性が言い返す。
「どういうこと?」
ニノマエが聞き返す。
「子どもが大人の決定に口を出すなってことだよ」
議長と思しき日本人男性が横柄に答える。
「カッチーン」
ニノマエが擬態語を口にし、自分の右耳の裏へ目を向けようとする。
当麻は右耳の裏を押さえて遠くを見つめ、瀬文にはふつふつと復讐心が湧き上がる。
壬の回へ。
当麻が追っていたニノマエが、志村を助けようとする瀬文の前に現れて、2つの案件が1つにつながるという展開、実に面白いです。
野々村係長が実はやり手でした。ただのレレレのおじさんではありません。
SINってアルファベットで書くと英語の「原罪」ですな。
ただ一つ、当麻が落ちるところ、映像としてもうちょっとひねりが欲しいところです。
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