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2011/08/16

日本人はなぜ戦争へと向かったのか 戦中編 果てしなき戦線拡大の悲劇

どこまで勢力圏を拡大するか、戦いに終わりがあるのか?

中国戦線が泥沼化していく中で、切羽詰まった日本は対米開戦を断行、海軍と陸軍の対立を引きずったまま戦線は拡大していく。

日本には3つの政権があった、内閣総理大臣率いる政府。そして海軍と陸軍。

開戦直後からどう戦争を終結させるか、東条内閣は研究を始めた。しかし半年にわたって議論を続けたものの陸海軍の主張は一本化されず、首脳が結論を先送りしたため、日本の戦線はなし崩しに拡大していく。その結果、300万が犠牲となる。

勝ち目はないとわかっていた。なんのための戦争なのか基本線がなかった。

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ABCD包囲網の経済封鎖により、石油や鉱石などの原材料(戦略物資)の調達ができなくなった日本は、南方の資源産出地を占領して国家存続のために必要な資源を獲得するのが太平洋戦争の最初の目的であった。

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そして日本軍は開戦から1ヶ月でその目的を果たし、1942年2月には、シンガポールやボルネオ島にまで迫った。

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資源獲得の見込み、

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そして対米開戦を決定した面々が宮中に集い、今後の戦争方針を話し合った。Onesegpc_20110816_02514945

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日本の事実上の最高意思決定機関「大本営連絡会議」である。(形式的には「天皇」ということか)

東条英機首相兼陸相はどこで攻勢を停止し、長期持久に入るか意思の統一を模索した。企画院の鈴木貞一は資源獲得の見通しが出てきたのでもう戦線の拡大は停止すべきとの希望を持っていると述べる。この資源獲得という開戦の目的を達したのであるから、戦線拡大を停止すべしとの意見で政府と陸軍、そして企画院は一致していた。

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東はインドネシア、ボルネオ島、西はビルマ南部(中国国民党への補給路を断つため)まで、これ以上の戦線拡大は補給も防衛も困難になると陸軍は考えていた。(司馬遼太郎が言っているように陸軍上層部は必ずしも愚かではなかったと)。でも運任せ。

しかし海軍軍令部総長・永野修身はこれに真っ向から反対した。攻撃を続行せよ。アメリカが黙って日本を見逃すはずがないと。真珠湾攻撃で太平洋艦隊に痛打を与え、情勢が有利な今こそアメリカに徹底的な決戦を挑む。
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決戦場はハワイ、オーストラリア、セイロン島
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この三点に戦力を最大限投入して圧勝をおさめなければ、アメリカから講和は引き出せないというのが海軍の考えであった。

海軍、特に連合艦隊首脳部は強力なアメリカ海軍艦隊を「今そこにある」脅威と受けとめ、撃滅しなければ勝ち目はないと考えていた。

海軍が密かに計算していた、日米の戦力比予測。
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1943年で日本の2倍、45年には3倍となる。これではいくら守りを固めても太刀打ちできない。だから早期決戦で決定的勝利を収めて、アメリカの戦意を喪失させるしかない。陸軍は甘いというのが海軍の認識であった。

(確かに陸軍の考えは運頼みで、海軍は主導権を握らなければ交渉はできないというのは正論であるが、そもそも海軍が考えるように勝てなければその論理は破綻する)

陸海軍の方針が一致しないまま戦争が続く、この安易な開戦決定のツケを誰が払うのか?陸海軍の中堅官僚が事態を収拾すべく動き出した。

当時、陸軍省軍務課長だった佐藤賢了が家族に遺した言葉:

日清・日露戦争のどちらでも、終結の見込みが立たないままに戦争に踏み切ったんだと。それが日本の陸海軍の頭に染みついていて、対米開戦も終結の方法を考えずに始めるのが当たり前になっていた。

佐藤賢了は陸軍の戦争方針を策定しようとしたが、なんら見通しも確立できなかった。

陸海軍課長10名が集まり、交渉を重ねたが、海軍は戦線拡大を譲らず、オーストラリア、ハワイ、インドへの攻撃拡大を主張する。陸軍の佐藤賢了は反論した。オーストラリアを攻略するには12個師団(12万人ぐらい?)、輸送船150万トンの徴用が必要になる。それでは国家経済は心臓麻痺を起こす。太平洋では不拡大を主張する陸軍も中国では戦線拡大を続けていた。

陸軍は中国を睨んで国防をやり、海軍はアメリカを睨んで西太平洋における決戦ばかりを考えてやっている。これを本当に消化して、日本が向かう国策はこっちだ、このケジメが最後までつかないでいた。

折り合いをつけずに、二兎を追ったことで戦時体制は破綻する。

(モスクワ攻略を目ざして失敗し、長期戦のためにカフカス地方の石油獲得(ブラウ作戦)を目論んでドイツを滅亡に導いたヒトラーと重なる部分が多い。馬鹿なのは日本だけではない)

1942年2月28日、大綱の文言を巡る陸海軍の議論。

海軍は「大綱の第1項を既得の戦果を拡張し、英米の屈服を図る(これまでの勝利で得た状況を活かしてさらに勝ち進み、英米に参ったと言わせる)」としたいと主張。

陸軍がこれに反対する。「既得の戦果を確保し、長期不敗体制を確立する(これまでの勝利で得た状況を揺るぎないものにして、長い間負けない防衛線・防衛体制を築く)」

陸軍・佐藤賢了の妥協案「既得の戦果を確保し、長期不敗体制を確立機を見て積極的方策を講ず

海軍は文言の順番に噛みついた。それでは長期不敗体制が確立してからでないと攻勢に出られないではないかと。

3月4日に陸海軍が大綱案で合意に達する。「戦果を拡充し、長期不敗体制を整えつつ、機を見て積極的方策を講ず」という持久策と積極案と並行して行える表現となった。根本的調整ができず、海軍の拡大路線(南方作戦続行)を黙認することとなった。

東条英機首相もこれでは意味が通らず納得できないと意見するが、自分の意思を通すことができなかった。それがそのまま天皇に上奏され、結果戦線は拡大することとなる。

これは陸海軍の意思決定が伝統的にトップダウンではなく、ボトムアップ、下で議論されたものを上が承認するという形であったことが問題であった。戦時においても同じ手続きで物事が決められていった。

(司馬遼太郎が理想とするような君臨すれども判断せず的なリーダーことの弊害。ちなみに古代共和制ローマでは平時は2人のリーダー(コンスル)で統治するが、戦時には1人のリーダーが立って陣頭指揮に当たる)

さらに問題なのは、陸海軍双方において、自分たちが想定していない方向に事態が推移した場合、想定外の事態に対する対処への十分な考察がなされなかった。最悪のシナリオに目を背けていたという事実である。

大綱案が上奏された直後、海軍が一線を越える。オーストラリアと目の鼻の先にあるニューギニア島を占領したのである。

陸海軍は優先的に開発する占領地域を決めていた。Onesegpc_20110816_04221064

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赤が陸軍担当地域、紫が海軍担当地域。(政府に大東亜省が設立されたのに)

占領地には利権が生じ、そこに企業が群がり、戦争の意義が変質化し、あらたな戦争膨張を誘発する。

(対米開戦直後の新聞を見ると、海運業の株が高騰しています)

もともと占領計画もなにもないところに急遽持ち出してきたのが大東亜共栄圏構想。まさに実態のないマクガフィン

鈴木貞一が官邸に集めた企業の代表に言う。

今日日本がやっていることは、欧米から見れば搾取かもしれない。しかし自分の為すことに正義感をもってやる場合には、搾取という思想にはならないと思う。

(今議論されている増税もそういうロジック)

企画院が東京で現地で活動する企業を決めているのに、陸海軍が昵懇の企業をねじ込んできて現地を混乱させるという弊害が起っていた。

企画院調査官・田中申一の手記:

南方資源を取り巻く利権屋との醜悪なる野合こそ、軍の汚辱の最たるものだ。

戦線が拡大すれば、企業も陸海軍も儲かるというシステム。戦争が戦争を賄うというわけか。

しかし海軍省南方政務部副長・高木惣吉は語る。

(占領地域は)乱脈を極め、(経済に)素人同然の軍人。そこに野心家が入ってきて、かき回す。利権ばかりあさって。それを見て、これじゃ南方資源どころじゃない。国力の消耗に過ぎないのじゃないかという感を深くした。

海軍はオーストラリア進撃の途中にあるポートモレスビー攻略を目ざし、陸軍は油田地帯確保と国民党への補給路遮断を目指してビルマ北部の攻略を開始する。陸海軍が省益を優先し、連携はなくなり、戦線拡大の歯止めは失われた。

戦線拡大に舵を切った陸海軍は戦争継続に必要な物資配分を巡って対立。徴用船を増やしたために南方資源を本土に持ってこられなくなり、国内はモノ不足に苦しむことになる。

1942年5月、国家の調整機能の崩壊を象徴する作戦が動き出した。連合艦隊のミッドウェー攻略である。これは山本五十六長官肝入りの作戦で、ハワイ攻略も視野に入れていた。陸軍の反対を押しきって作戦は挙行された。海軍内部でも異論があった。南方に戦線を拡大しているので、ハワイは持ちこたえられないという考えもあった。

山本五十六長官:

本来なら今が(ミッドウェー海戦前)、講和に持ち込む好機かもしれん。しかしそれを実現するには、今までに手に入れた土地や利権すべてを投げ出さなければならないだろう。しかし、政府中央にそれだけの腹を持つ者がいないのだ。だから我々は切り死に承知でやるしかないのだ。

(原発の政府の対応を見れば……)

ミッドウェー海戦にて日本軍は4隻の正規空母を沈められたものの、海軍は戦線拡大を主張して破綻した事実を隠した。東条英機首相には内々に知らせたが、海軍との関係を優先して、その責任を海軍に問うことはなかった。そして補給線を超えて膨張した戦線を支えきれず、場当たり的な攻撃を繰り返すもただ将兵の命を無駄にするだけで、最終的には満州、沖縄、硫黄島まで攻め込まれて敗北。

政府が戦線拡大を阻止できなかった原因は3つ。

1.リーダーの機能不全。

2.組織優先、省益優勢という発想を超えることができない視野の狭さ。

3.最悪の状況を想定して方策を考えられない、危機意識の欠如。

言葉弄して物事を決着させずに先送りするのは、70年近く経った今も日本は変わってないないということか。

ねじれたら絶対にまとまらないのは今も昔も同じ。最後は破滅なのかも。

構造の問題でではなく日本人の精神構造にも原因(問題だとは思わないですが)はあると思います。

歴史も経済も突き詰めれば精神分析でしょう。

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コメント

落としどころは「日本人の精神構造」ですか。

構造を変えても結局、人間はその上を行くというものです。試験は適材を抜擢するために行われ始めたのに、いつしか試験のための対策が行われるようになって変質していきます。

今は天皇大権は放棄されて、首相に権力が集中しているのですが、政府と官僚という二重政権になっている面があるようです。

幕末明治維新は尊皇攘夷から開国・文明開化に舵を切ったものの、日清戦争当たりから尊皇攘夷に回帰していき、太平洋戦争がその頂点だと思います。
そして敗戦、開国(民主化)にまた舵を切り、最近はまた攘夷ぽいですね。

コメントの「今は天皇大権は放棄されて」という部分についてなのですが、長年、疑問に感じつづけていることがあります。ご存知のことがありましたら教えてください。われわれが中学や高校で教えられるところによると、大日本帝国憲法ではおっしゃるとおり、天皇は神聖不可侵の絶対的な存在とされています。ところがわたしがこれまでに目にした文献によると、天皇が文字どおり絶対者として君臨するようなことはなく、むしろ「君臨すれど統治せず」という、立憲君主的な存在であったとされていることが少なくありません。御前会議など事前に議論ばかりか結論までもが決められていて、それを御前で演じてみせるだけの儀式のようなものであったといいます。事実、対米開戦の意思決定をする御前会議においても、昭和天皇は明治天皇の御製を詠まれて開戦反対を暗示されただけで、開戦は筋書き通りに決定されたと説明されています。この説明はウソなのでしょうか? もしこれがウソではないとすると、憲法上は神聖不可侵であるはずの専制君主が、なぜ飾り物に等しい地位にまで貶められていたのでしょうか。これが目下のところ、わたしにとって日本近代史最大の謎です。

どこにも嘘はないと思います。矛盾はしていますが。

現在の第9条では日本は戦力を持ってはならないのに自衛隊はあります。しかも憲法違反にはならないという解釈です。理由としては防衛力は戦力に当たらず、国際法上認められているとされています。憲法も権力も誰も認めなければ形骸化します。

なぜ陸軍や海軍が天皇より優位に立てるのかですが、それは統帥権の独立です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B1%E5%B8%A5%E6%A8%A9#.E5.A4.A7.E6.97.A5.E6.9C.AC.E5.B8.9D.E5.9B.BD.E6.86.B2.E6.B3.95.E4.B8.8B.E3.81.AB.E3.81.8A.E3.81.91.E3.82.8B.E7.B5.B1.E5.B8.A5.E6.A8.A9
「天皇は神聖不可侵の絶対的な存在」
であり、それを守るために陸海軍は議会や総理、はたまた天皇の御意に反しても行動しなければならないという理屈です。天皇には軍事はわからないから、代わりにやって差し上げましょうという話です。

最初から象徴に近い天皇制だったとも言えます。明治維新は天皇復権のためにやったものであっても、天皇主導で始まって勝利したわけではないので、最初から象徴であったと言えます。

それに「天皇は神聖不可侵の絶対的な存在」は帝国憲法が発布されて決まったことで後付けですから。

仮に最高実力者だったとしても、天皇制は弱体化したでしょう。徳川幕府においても将軍が絶対権力者のはずなのに開国したのは老中の井伊直弼だったりします。

さらに大正デモクラシーという機運が起これば、民主主義・議会政治が勢力を拡大し、天皇の権力は実質的に弱体化します。

独裁者に対して支配される側が自分たちの方がうまくやれると感じるのは自然な流れです。そうでなければリビヤやエジプトで革命は起こりません。

あと普仏戦争においてプロイセン王に仕える宰相ビスマルクとモルトケ参謀総長がナポレオン3世のフランスに圧勝したのも、大日本帝国の政治軍事体制に影響していると思います。

最初から象徴に近い天皇制だったとも言えます。明治維新は天皇復権のためにやったものであっても、天皇主導で始まって勝利したわけではないので、最初から象徴であったと言えます。

それに「天皇は神聖不可侵の絶対的な存在」は帝国憲法が発布されて決まったことで後付けですから。

との御説、まことにごもっともと思います。だとするとよくわからないのが例の天皇機関説事件で、「最初から象徴であった」のであるならば、なぜ国体明徴声明なるものを出さなければならなかったのでしょう。そうまでしてタテマエを守ろうとする理由がよくわかりません。それから論点がちょっとズレてしまうのですが、憲法学者が天皇機関説を唱えたということにも年来、疑問を感じています。憲法上の規定では天皇は神聖不可侵の絶対的主権者である、という以外の説など成立しえないように思います。政治学者が大日本帝国の政体を観察して天皇機関説を唱えたというのであればストンと飲み込めるのですが、なぜに憲法学者が? それ以上にわからないのが現在の中学高校、さらには大学での公民、政治経済、憲法の授業なり講義です。神聖不可侵の天皇像はタテマエでじつは立憲君主であり象徴に近いのに、なぜタテマエを真実であるかのように教え込むのか? そこに政治的な意図を感じてしまうのは、はたして下種の勘ぐりというヤツなのでしょうか? これはちょっと考えにくいのですが、戦前の日本の主権者について虚像をすり込むことにより、じつは主権在民というのもただのお題目なのさ、ということを暗示しようとしているのでしょうか? だったら拗ね者のわたしとしてはスタンディングオベーションなのですが。

>なぜ国体明徴声明なるものを出さなければならなかったのでしょう。そうまでしてタテマエを守ろうとする理由がよくわかりません。

政府中枢の人間にとって天皇大権は建前でも、国民(臣民)にとっては事実でなければなりません。伊藤博文は民衆を束ねる精神的な象徴が必要であり、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」と規定したと言われています。

>国体明徴声明なるものを出さなければならなかったのでしょう。そうまでしてタテマエを守ろうとする理由がよくわかりません。

軍部の一部には自分たちの手で政治を改革せねばならんと思った勢力がいて、その後ろ盾として天皇の神聖性が必要だったと言えると思います。

国体明徴声明は逆に天皇の立場が弱まってきたことを表れかもしれません。

オサマ・ビンラディンがテロを起こすには、イスラム教の教えに従った社会を復活させるというものでした。裏を返せば、それだけイスラム教から離れた社会になっているということです。

反原発派はいくら安全基準を高めても不安がると言い続けます。彼らにとって原発が安全であってはならないのです。だからいろんな公聴会に乗り込んで、「国民の安全」と叫ぶわけです。

国体明徴声明も軍部の圧力とかあったようですね。彼らには天皇は神であり、神であるから大権を有するがゆえに、軍部の政府からの独立が保障されるとロジックかと思います。

明治維新が「歴史的に正しい」かどうかはわかりませんがなぜか官軍である薩長が正しかったような感じになっています。幕府でも文明開化はなしえたかもしれないのです。

戦前から日本は民主主義です。戦前が民主主義ではないというのは、アメリカの改革を正当化しているだけだと思います。

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