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2011/08/16

泊3号機、営業運転再開容認を表明へ

そんなに選挙で誰に投票したとかそんなに気にしないのですが(所詮ウン百万の1票なので)、今日は高橋はるみ知事に投票してよかったと思った次第です。決断ができる知事だと。

泊3号機、営業運転再開容認を表明へ

営業運転の再開に向け、地元の判断が待たれていた北海道電力の泊原発3号機について、北海道の高橋はるみ知事は16日夜にも、国に再開容認の考えを伝える方針です。

 泊原発3号機は「調整運転」として発電する状態を5か月以上続けています。高橋知事は今月9日、地元の判断を待たずに営業運転再開に向けた最終検査が始まったことに不快感を示し、翌日には海江田経済産業大臣が再開を先送りしたいきさつがあります。

 高橋知事は16日、北海道議会での審議と地元の4つの町村との協議を経て、営業運転再開を容認する考えを国に伝える方針です。

 泊原発3号機は、ただちに営業運転を再開する見通しで、震災後、定期検査中の原発が営業運転を再開する全国初のケースになります。(16日11:34)

北海道と本州をつなぐ電線は60万kWなので、我が北海道は電力的に自活するしかありません。60万キロワットは泊原発1基分にも満たないで、止まってしまうと道外から必要な電力を持ってこられません。(とはいえ原発の全廃を求める方々が住んでいらっしゃる本州には送電しています)

北海道新聞とかは道民の意見を聞かずに知事は営業運転再開容認したと叩くでしょうが、それでも承認しようというのですから知事は偉いです。北海道新聞は麻生首相がホテルのバーに通ってると叩いた経緯があります。さてあの時、麻生首相の支持率が下がっていなかったら、鳩山由紀夫・菅直人と2人の迷首相が誕生することになったでしょうか。マスコミは言うんですよ、事実を報道しているだけだと。要するに叩くだけ叩いて、混乱させても責任はないと。

原発は危険だ(危険じゃないわけではない)と報道するのは良いですよ。でも原発を止めて、それに伴って発生する弊害を言わない権利はあるのか?そういうことを報道しないで、原発を停止して問題が起った時の責任は自分たちにない、そして時の政府と叩くというスタンスはいかがなものか。

詰め込みは教育ダメだとマスコミが言うと、政府がゆとり教育を導入、しかし国際的なテストでのテストの結果が悪いとゆとり教育は良くないとマスコミが政府を叩く。これでは、昨日NHKでやってた将来を見据えないで戦っている陸海軍と一緒じゃないですか。結局、マスコミが騒いだ後始末を政府が行うという構図は戦前から変わってません。戦争とマスコミの話:

一番上の写真は、1937年8月5日付けの朝日新聞の記事だ。「350万円!空に燦・愛国金字塔」という見出しで、朝日新聞が軍用機の献金を募ったところ、350万円ほど集まったことを報じ、寄付をする人々を紹介する内容だった。中には母親連れの小学生までいたと書いている。しかし、この献金で製造された軍用機は、中国へ飛び、重慶などの都市を爆撃し多くの一般市民を殺戮する結果となった。

 「『朝日新聞』が軍用機の募金を?」と聞いて驚いた人も多いのではないか。日本ではリベラル系の大手メディアとして知られ、慰安婦や南京虐殺などの日本の戦争責任問題を比較的に取り上げるメディアだ。最近では、イラク戦争及び自衛隊派遣に反対し、いわゆる反戦の立場をとると思われているが、戦前は違った。正確にいうと、満州事変から終戦までの間は違ったといった方がいいのかもしれない。

日本が泥沼の15年戦争に突き進むきっかけとなった満州事変以前、朝日新聞は、大正時代ではシベリア出兵に反対の立場を取り、満州事変が起きる前も、いわゆる満州における日本の利権をどう守るかについて、武力によらない解決を望む穏健派の立場をとっていた。

 それが、どうして変わったのか。それは事変勃発以後、不買運動が起きたためとされている。不況に悩む世論が軍部礼賛に傾き、他のメディアと違い、それに同調しないとされる朝日は売り上げを落とす結果となったのである。その後、朝日新聞は編集方針を大きく変えた。

 戦前の新聞や雑誌などマスコミは、言論規制の法律や軍部からの厳しい検閲のため、軍部を批判できなかったと言われているが、それだけが原因ではない。当時のマスコミは批判をしないどころか、応援団となり戦争を煽っていたのである。応援団となることにより、販売部数を伸ばしたかったからだ。つまり当時の好戦的世論に同調したためである。これと同じ現象は、現代でも起こっている

http://janjan.voicejapan.org/media/0507/0507189727/1.php

マスコミの伝える情報はある程度正しい。しかし主張や解釈は疑うべきということに尽きると思います。マスコミは「神」じゃないんですから。

反韓流も原発全廃も併存を認めないという点で似てる感じがします。

戦力を放棄したはずの日本が自衛隊を保有していると社会党が昔反発してましたが、今度の東北震災で自衛隊がどれだけ活躍したか、社会党が望むように自衛隊を解体していたらと考えるとゾッとします。社会党の福祉みずほさんは反原発ですが、ほんとうに全廃したら将来どうなるか、誰にも予想できません。たとえ「存在悪」でも選択肢を持っておくことが国全体としてはリスク回避になるということがわからないようです。

昔の生活に戻ろうっていうのはドイツのナチスも標榜していました。科学文明に対する不信感が増すのも、放射能汚染が拡大しているので当然の精神反応(正しいではない)ですが、過去に戻れるかと疑ってしまいます。はっきり言ってイヤです

30年くらい前からこんなことを歌ってる人がいます。

いつかの昔 / Years ago
僕は怒れる一人の若者だった / I was an angry young man

何処だ、いつかのあの街は何処へいった? / Where, where is the town
今や、全ては花々を残すのみ / Now, it's nothing but flowers
高速道路と自動車は / The highways and cars
農の営みの前にすべて捧げられた / Were sacrificed for agriculture
僕らは何もかもやり直せるなんて思ってたんだよ / I thought that we'd start over
だけど、そんなのまるで大間違いだった / But I guess I was wrong

かつて電子レンジ生活だった僕らは / We used to microwave
今や木の実と果物を齧るのみ / Now we just eat nuts and berries
どうだい、何か不満でも? / you got it, you got it

こんなところに置き去りにしないで / Don't leave me stranded here
僕にはこんな生活、とても馴染めやしないよ / I can't get used to this lifestyle

歌詞はこちらです。深いので是非読んでください。

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