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2011/12/06

平清盛の時代考証

高橋昌明(神戸大学名誉教授)がNHKの大河ドラマ「平清盛」の時代考証担当ということで、大河ドラマの脚本家は歴史をわかってらんとご立腹で、ドラマ製作者の名前が出てきますが、そのなかに私の名がなかったら、喧嘩別れして辞めてしまったとお考えください

だそうですが NHKの公式ホームページを見ると本郷和人という人が時代考証として語ってます。

この人の歴史観は面白いですよ。

「平安は、驚きが、いっぱい。」時代考証:本郷和人インタビュー:大河ドラマ「平清盛

検非違使は犯人を逮捕しようとはしません。殺された人の家族などが、お金を払って「犯人をどうか捕まえてください」とお願いしてやっと検非違使は動きます。日本の中心だった京都の町でもそうですから、地方などはまさに無法の地。誰も自分のことは守ってくれない、自分のことは自分で守るという「自力救済」の世の中だったのです。

鎌倉時代の初頭の日本の人口は約800万人。それから約400年後の関ヶ原の戦いのころは約1,000万人。つまり、400年かけて日本の人口は200万人しか増えていないことになります。しかしながら、農業生産力は2・3倍。多いところでは10倍にもなっている。農業技術が飛躍的に向上して、お米の生産量は増えているのに、人口はわずかしか増加していない。これは、病気、飢饉(ききん)、争いごとなどでどんどん人が死んでいったからです。生きること自体が困難な時代だったと言えると思います。

その証拠に、江戸時代に入って社会のシステムが整えられ、世の中が平和になると、100年間で人口は約2.5倍、2,500万人にふくれ上がります。

平安時代は、鎌倉・室町時代のさらに前ですから、もっと生きることが困難な時代だったはずです。地方の武士や庶民にとっては、「明日どうしよう?」、「10日後どうしよう?」というより、「今日どうやって生き抜こうか?」という時代でした。

本当にこういうドラマになってるなら、面白いに違いないです。ROMEみたいな感じなんでしょうか。

NHK 平清盛 アマゾン

あと衣装の話。龍馬伝の人だそうです。

http://www9.nhk.or.jp/kiyomori/special/cd/02/01.html

杏の政子が決まってます。

あと海賊はパイレーツ・オブ・カリビアンみたいですが、当時あったものの組み合わせらしいです。

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コメント

タイトル見て、「将門の首塚」のことを書こうと思ったんですけど、将門じゃなくて清盛?

あの時代の海賊には、結婚して瀬戸内海に縁ができて以来、勝手に親近感を抱いています。同じ大河ドラマの『風と雲と虹と』でも、海賊はやたらカッコよかったです。

baldhatterさん、どうもsun
間違えました。清盛のほうです。すいません。
ご指摘ありがとうございます。修正しました。

物流では陸路より水路が発達していた時代ですから、「海賊」は花形商売だったと思います。

ハーロックも海賊ですし、ロマンがあります。

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