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2012/11/11

対雁(ついしかり)に移住させられた樺太アイヌの暮らし

開拓記念館の講演「対雁に移住させられた樺太アイヌの暮らし」に行ってきました。住んでいる江別市にアイヌが移住してきて学校があったとか知らなかったです。

なかなか面白かったです。

山辺安之助という人も対雁小学校で学んだとか。しかもこの対雁小学校は対雁に樺太から移住してきたアイヌのために作られた学校で、その運営は官費ではなくアイヌの人たちが働いた金を供出してできた資金を小樽に貸し付け、その利子で賄われていたとか。

樺太・千島交換条約(1875年)で、それまでロシア人、日本人、アイヌが住んでいた樺太がロシア領に決まったので、アイヌの人々の一部が北海道に移住を決めて(850人程度)、開拓使はアイヌの江別の対雁への移住を決定した(この当時、対雁周辺は開拓の最前線だったそうな)。農業をさせようとしたけれども、すでに入植している和人との間で井戸が少なくて揉めたとか。

アイヌの人たちは子供を学校に行かせるのに熱心だったとか。

山辺安之助

アイヌを救うものは、決してなまやさしい慈善などではない。宗教でもない。善政でもない。ただ教育だ

と語ったそうです。樺太に残らず、日本領の北海道に来たのですから、生き残るためには日本の学校をと考えたのかもしれません。でも日露戦争で日本が勝利して南樺太を勝ち取った後は、樺太から来たアイヌの人たちが帰っていったとか。

でも太平洋戦争末期に樺太がソ連軍に占領されました。なんともはや。

資料としてこの本を挙げてました。

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