押井守がエヴァを演出だけでテーマなしと断罪。演出だけでいいと思う。理由は孤独のグルメとかウォーキングデッドとか
押井守の「世界の半分を怒らせる」というメルマガの文章らしいですが、エヴァファンを激怒させたことは間違いないでしょう。
いかんせん当たっている。
僕はエヴァは見ますが(笑)。
爆笑したのが出だし。
キャラクターの周辺に関してはパンツ降ろしっぱなしで、監督である庵野の現実のまんま。島崎藤村か田山花袋もかくやのダダ漏れ状態です。一方で表現や文体はと見れば、異化効果どころかラフ原レイアウトもあり、セルまでひっくり返す徹底ぶりで、正直言って劇場でみたときは仰天しました。
ワタシでもここまではヤらなかった。
異化効果とは:
当たり前と思われる事柄を、見慣れない未知のものに変える趣向をいう。異化作用ともいい、同化作用の逆。ブレヒトは社会を変革する視点を強調し、観客が登場人物や物語に感情同化せず、距離をおいて批判的に観察するこの技法を自作に適用した。
なんだそうです。この煽り口調、立喰師列伝を思い出します。
これは映画よりも小説(?)が面白いと思います。
さらに押井は続けます。
かくも奇怪な作品がなぜ成立するかといえば――要するに表現すべき内実、庵野という人間に固有のモチーフが存在しないからであって、それ以上でもそれ以下でありません。
「テーマがないことがバレちゃった」という宮さん(編集者注:宮崎駿監督)の物言いは、その限りおいて全面的に正しいことになります。
間違いなくエヴァファンのほとんどを敵に回したでしょう。
そもそも庵野と押井は映画という創作のジャンルは同じでも作っているモノが違う。別にテーマがなくても映画はヒットするし、素晴らしいテーマがあっても駄作扱いされるものもあるわけですよ。たとえば鈴木先生とか。
とか激しいなと思ってたのですが、視聴率は振るわなかったようです。
一般視聴者はテーマとかそんなのは面白ければどうでも良いと思いますし、押井自身もエヴァについて言っているように、曖昧なところは観客が埋めるシステムで商業的に成功してるのは事実。
そして孤独のグルメとかウォーキングデッドに明確なテーマなるものはあるのか?
孤独のグルメはストーリーをある程度固定化することで逆に「メシ」が引き立つという、メシまでのすべてが前振りという凄まじい展開になっています。松重豊とBGMもイイダシを利かせています。これぞ総合芸術。(でも五郎が出くわす出来事とメシはちゃんと関連しているのでそれがテーマと言えばテーマなのかも。事務所メシの回は原作のコンビニ飯の回を翻案したものでしょうが、砂町銀座の回は「人情」の回なのかも)
ウォーキングデッドもあまりテーマは感じませんが、次が見たくなります。中毒症状が出てきます。展開がショッキングでエヴァンゲリオンみたいです。そしてシーズン3の第4回を見ました。IMDBでも9.2/10という高評価。また音楽のないエンディング。また重要なキャラクターが死にました。いろんなドラマも見てきましたが、登場人物の死んじゃったときの喪失感が半端ない。まさか息子がねえ。
テーマとは何か?と逆に考えてしまいます。マニフェストか?
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コメント
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テーマはあってもなくてもいいのですが、テーマがないのにあるふりをしてる作品はいただけないなあと思います(エヴァは観てないのでその辺どうなのかわかりません)
テーマがなくてスタイルで見せる監督といえばキューブリックですね。時計じかけのオレンジは主人公の主観で語らせるからおもしろいのであって、あれをふつうに三人称で描いたらまったくおもしろくないと思います。演出は、むしろテーマがないことを強調してるというか、観客が教訓めいたものを導き出すのを積極的に拒絶してますよね。
投稿: おじゃま丸 | 2012/12/06 17:36
おじゃま丸さん、どうも
>テーマがないのにあるふりをしてる作品はいただけないなあと思います。
一昔前の日本映画に多かった気がします。
時計じかけのオレンジとかフルメタルジャケットは確かに三人称ではダメです。
>観客が教訓めいたものを導き出すのを積極的に拒絶してますよね。
だから面白いんですよね。そういえば孤独のグルメも一人称です。
キューブリックの失われていた脚本が映画化されるそうです。誰かキューブリックのナポレオンを映画化しないのでしょうかね。
投稿: 竹花です。 | 2012/12/06 18:50
「AI」はつまらなくはなかったけどキューブリックらしさも全然なかったので、脚本だけ引き継いでも駄目なのかも

キューブリックのナポレオン映画の企画は頓挫してむしろ良かった気がしています。巨額の製作費をつぎ込んで結論が「ナポレオンはどうしようもない悪党だ」じゃ、なんだかなあって感じなので。スパルタカスみたいな王道の娯楽映画にするならありだと思いますが。
…とここまで考えて、そうか主役をナポレオンじゃなく、最初ナポレオンにあこがれるが後に失望する無名の若者にすればいいのかと思い至りました
テーマがある=観客が何かを学んだり、考えるきっかけを与えてくれる、てことでしょうか。
孤独のグルメのテーマはしいて言えば「男はいかに生きるべきか」てことかも。
投稿: おじゃま丸 | 2012/12/07 15:46
おじゃま丸さん、どうも
ナポレオンは脚本は売られているので読んでみたい気もします。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/3836523353/rockenso-22
なるほどテーマというのは、「軸」みたいなものなんでしょうかね。音楽で主題といえば、何度も繰り返すフレーズだったりします。現代音は主題がなかったりしますが
投稿: 竹花です。 | 2012/12/07 18:56
あるいは作者の主張や意見かな? 「悪に屈するな」とか「愛は金より大事だ」とか。僕はシャイニングはテーマのない映画だと思いますが、人によっては「酒におぼれてはいけない」とか「夫が暴力をふるったら妻は敢然と立ち向かうべきだ」という主張を無理やり読み取ることもできると思います。
わかりやすくて感動的なテーマがある(ように見える)作品のほうが大ヒットはしやすそうですね。
タイタニックは愛や自己犠牲の尊さを描いてるように見えて、実は監督が描きたかったのは巨大な船が沈没するスペクタクルだけなんじゃないかとか。
投稿: おじゃま丸 | 2012/12/08 10:04
>「悪に屈するな」とか「愛は金より大事だ」とか。
本来の意図は別にして、わかりやすいテーマがあるのは大事だと思います。
シャイニングを一言でまとめると、
「作家になろうと思って引き籠もると狂う」
でしょうか。
投稿: 竹花です。 | 2012/12/08 12:48
エヴァにテーマがない、というのは僕も昔から感じていました。別にテーマがなくても構わないはずなんですが、なんとなくエヴァに対しては不愉快を感じていたのです。
それは、テーマがないのに無駄に謎めかせて含蓄があるような雰囲気を漂わせているから、って言う気がしました。
なんだろう、巨大人造人間が戦うエンターテインメントと割り切って見たいなぁ、と。そんな気がするのです。
昔のロボコップとかスーパーマンみたいな、安心して見られるエンタテインメントでいいじゃない、と。そんな感じです。
投稿: やまじろう | 2012/12/29 21:59
孤独のグルメに関して言えば、飾ったり大げさにしたりしない、「メシ」のあり方をそのまま描いたものじゃないのかなって思います。
「メシってこういうものだろう。こういうのでいいんだよ。」って感じで。
「メシはこうあるべき」という教訓めいた感じのテーマではないですが、極端な美食にたいして「それは違うんじゃないかなぁ」という意志はあるのではないかと感じます。
女と別れたさえない思い出も、示し合わせたように帽子をかぶる常連客たちも、雨にフラれてままよと店に駆け込んだ事も、すべてがメシを構成する要素です。そこまでを描いてはじめてメシというものを余すことなく描くことができるのではないかと僕は思います。
「メシ」を余すところなく、過剰に成りすぎずに描く。あえて言うならこれがテーマなのではないかと思います。
投稿: やまじろう | 2012/12/29 22:20
やまじろうさん、どうも
謎めいた部分が無駄かどうかというと、胡散臭いと疑う人には余計で、なんかありそうと信じられる人には面白く感じるんでしょうね。
あれはあった方がエヴァぽいと思います。テレビ東京でビルゲイツのワクチンは人類管理の陰謀っていうのとか、やっぱりネタとして面白いと思います。(ビルゲイツの話は知っていたので嘘だなあと、わかってますが)。ダヴィンチ・コードもという「ミステリー」あればこそ読むヒトが多かったのだと想像します。
浦島太郎がもらう玉手箱はなんなのか?あれは何なのか、まったくわかりません。なんであんなものをくれたのか解釈はいろいろできますが、説明はされていません。でも誰もが知っています。
「謎」がないエヴァはトップをねらえ!になってしまうのかもしれません。あっちもあっちで面白いです。
ロボコップもスーパーマンもリメイクされるそうで、スーパーマンは予告を見る限り、面白そうでした。
孤独のグルメには「普通の飯って結局うまいよね」というテーマは確かにあると思います。
投稿: 竹花です。 | 2012/12/29 23:28
「作品」に何を求めるか、だと思います。
ストーリーや設定はテーマを語るための題材で、テーマが本質であるべきという事を地で行く押井監督に空っぽのエヴァは納得出来ないでしょう。それが正義か正論かという議論や大半のユーザーがそれを求めているかどうか、ウケてるんだからいいじゃない、などは話が別という気がします。
私は押井作品庵野作品両方好きですが、見方を変えて楽しんでいますので押井監督の言うところは理解出来ます。
投稿: うーん | 2013/05/29 01:15