クローズアップ現代+の「ホモサピエンス全史」は曲解じゃないか。
「ホモサピエンス全史」を使ってNHKは現在のアベノミクスとか資本主義経済に警鐘を鳴らしたいようですが、少なくともこの本の上巻を読む限り、それはちょっとずれてます。
“幸福”を探して 人類250万年の旅 ~リーダーたちも注目!世界的ベストセラー~
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で引用しています:
食糧の増加は、よりよい食生活やより長い余暇には結びつかなかった。 平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。 農業革命は、史上最大の詐欺だったのだ(1520/3985※kindle版のページ数)。
確かにそう書いてあります。しかしその前にこうも書いてあります。
健康に良く多様な食物、比較的短い労働時間、感染症の少なさを考え合わせた多くの専門家は、農耕以前の狩猟採集社会を「原始の豊かな世界」と定義するに至った。とはいえ、これらの古代人の生活を理想化したら、それは誤りとなる(1030/3985)。
アチェ族では老女が集団の足手まといになると、若い男性の一人が背後から忍び寄り、頭に斧を振り下ろして殺害するのだった(1047/3985)。しかし決して残忍は民族ではなく、彼らが人生で最も大切にするのは、他者との良好な交流と、質の高い友好関係だった(1058/3985)。
ではこの農耕革命は詐欺というショッキングな話はどういう文脈で書かれているかというと、
(飢饉が起こって餓死者を大量に出したり、狩猟採集よりも懸命に働いているのに得られる食料が少なくても)、人類はなぜ農耕から手を引かなかったのか?ひとつには小さな変化が積み重なって社会を変えるまでには何世代もかかり、社会が変わった頃にはかつて違う暮らしをしていたことを思い出せる人が誰もいなかったからだ。そして(狩猟採集で養えるより)人口が増加したために、もう引き返せなかったという事情もある。
詐欺は詐欺かも知れませんが、結果狩猟採集民が世界からほぼ消えているという事実は覆せません。
そして農耕革命が起こって食料がたくさん蓄えられるようになる現代でも抗争が起こる。
こうした惨事の根本には、人類が数十人から成る小さな生活集団で何百万年も進化してきたという事実がある。農業革命と都市や王国や帝国の登場を隔てる数千年間では、大規模な協力のための本能が進化するには、短すぎたのだ(1917/3985)。
こういう話はクローズアップ現代+では割愛されています。時間の問題もあるでしょうけど。
しかし人類は本能で不可能なものを狩猟採取時代からの知恵で補った。それが神話(フィクション)。
そのような生物的本能が欠けているにもかかわらず、狩猟採集時代に何百もの見知らぬ人どうしが協力できたのは、彼らが共有していた神話(フィクション)のおかげだ。だが、この種の協力は緩やかで限られたものだった(1917/3985)。
農業革命によって混雑した都市や無敵の帝国を打ち立てる機会が開かれると、人々は偉大なる神々や母国、株式会社にまつわる物語を創作し、必要とした社会的なつながりを提供した(1928/3985)。
それがハンムラビ法典やアメリカ独立宣言につながる。こうした社会規範を「想像上の秩序」と言っています。
ハンムラビ法典は、王の臣民がみなヒエラルキー(身分階級)の中の自分の位置を受け容れ、それに即して行動すれば、帝国の100万の住民が効率的に協力できるという前提に基づいていた。効率的に協力できれば、全員分の食料を生産し、それを効率的に分配し、敵から帝国を守り、領土を拡大してさらなる富と安全を確保できるというわけだ(1999/3985)。
さらに日本のリベラルな方々には都合が悪そうなことが書いてあります:
ハンムラビ(王)もアメリカの建国の父たちも現実は平等(アメリカ)あるいはヒエラルキー(身分階級)のような普遍的で永遠の正義の原理に支配されていると想像した。だがそのような普遍的原理が存在するのは、ホモサピエンスの豊かな想像や、彼らが創作して語り合う神話の中だけなのだ。何ら客観的な正統性はない(2025/3985)。
自由は人間が創作したもので、人間の想像の中にしか存在しない。生物学の視点に立つと、民主的な社会は自由で、独裁国家の人間は自由がないというのは無意味だ(2047/3985)。
私たちが特定の秩序を信じるのは、それが客観的に正しいからではなく、それを信じれば効果的に協力して、より良い社会を作り出せるからだ・・・多数の人間か効果的に協力するための、唯一の方法なのだ(2062/3985)。
農業革命が詐欺だとしても、詐欺だと思わなければ幸福なんですよ。そしてトドメ
想像の秩序はつねに崩壊の危険を孕んでいる。なぜならそれは神話に依存しており、神話は人々が信じなくなった途端にきえてなくなってしまうからだ(2078/3985)。
この本が書かれたのは2014年ですが、イギリスのユーロ離脱や難民排斥を予言しているようです。良し悪しと関係なく、イギリスのユーロ離脱や難民排斥はリベラルという神話が崩壊してしまったからだと思います。民進党の支持率が伸びないのもそう。標榜する神話を誰も信じられなくなってしまった。
一応下巻の結論を見たところ、帝国が広がれば平和になるって結んでました。さらに「幸福」の章をざっと確認してみましたが、仏教の話をしてました。真の幸福は感情すら超越しているみたいな。エヴァンゲリオンみたいなオチですな(何気にエヴァは哲学的に凄い)。
社会は虚構。
でも虚構であるがゆえに変革も可能であり、人類はそうして巨大な共同体を構築できたというテーマは極めて面白いと思います。(幸福も(人に必要な)虚構だと思いますけどね)
幸せは人ぞれぞれなのでそれを他人の害にならない限り文句を言われずに、探求を邪魔されないのが自由であり、求められる社会が幸福の基盤ではないかと。
この本を読むにはこういう本も読んでおくとさらに面白いです。特に「銃・病原菌・鉄」は名著。
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