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2018/04/22

ブラタモリ 第101回 京都・銀閣寺 ~美しき“ニッポン”の始まりは 東山の奥にあり!?~

林田理彩アナに代わって最初のブラタモリ。

絶対音感というのでがぜん興味が湧いてきました。

ブラタモリを見てから修学旅行の銀閣寺見学に行きたかったです。

林田だからリンダと周りから呼ばれているとか。たしかに靴ひもが解けているときにそう呼ばれてました。しかしタモリ氏はリンデンとは言わないのと聞かれる。リンデンバウム(菩提樹)のリンデンですか。博識ですな。

銀閣寺の庭園にある銀沙灘(ぎんしゃだん)。砂で出来た海岸線なんでしょうか。意味は伝わってないそうですね。

岡本太郎も絶賛した幾何学の庭。円錐(向月台)は素晴らしい。江戸時代にこのセンスがあったのが凄い。前方後円墳の「後円」みたいでもあります。幾何学は引き算の美学。これぞ日本の美学。

そもそも銀閣寺は足利幕府の三代将軍足利義満の金閣対して、第八代将軍足利義政が建てたもの。銀閣寺にと呼ばれるようになったのは江戸時代から。

足利義政は文化人として有名。文化人として有名な武将で政治的に成功したためしなし。

銀閣寺の正面は1階が庭の池向き(左側)に、2階の正面は南側というあべこべな作りになっている。

銀閣寺から見る庭は素晴らしいですね。応仁の乱の最中、将軍職を息子の義尚に譲って東山山荘(現銀閣寺)に移った。

京都は見たくないという意思が感じられる。銀閣寺の庭にあるのはわびさび、質素で静かなもの、古びたものに趣や美しさを感じる日本の美意識。

応仁の乱で混乱する京都から目を背け、わびさびを愛する義政は現代日本人と同じように精神的に疲れていたのかも。

わびさびから四畳半(和室の原型)ってここから始まったんじゃとタモリ氏。また先走ってしまう。

付書院の障子を少し開けると、その先に広がる庭が見える。これぞ自然の掛け軸。

無駄な情報を遮断しつつ世界とつながるには四畳半はいいと思いますね。

この部屋の名前は同仁斎といい、「人は皆平等」という意味だとか。いろんな階級の人と交わり、お茶やお花を洗練させていった。それが東山文化。

しかし日本は戦国時代に突入。

銀閣寺がここに東山の奥に作られたのか、これもまた地形が関係している。

東山にある崖は断層が作りだした断層崖。だから上空から見ると崖の縁が直線だ!

銀閣寺は吉田山によって京都から隠されている。とことんまで隠遁したかった。ローマ皇帝もローマからずいぶん離れたところに別荘を築いてました。

しかし平らな京都盆地にあって吉田山だけボコッと隆起している。

これは吉田山が滋賀県から続く花折断層のおわりで横ずれによって盛り上がった。

その名も末端膨隆丘(まったんぼうりゅうきゅう)!

末端が膨れ高まる丘!確かに卑猥ですな!




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