侍タイムスリッパーは大当たり。これぞ映画。
平日の昼上映なのに凄い数の人が来てました。笑いが頻繁に起こるのも珍しいです。こういう映画は映画館で観た方が楽しめます。小難しくないし、胡散臭い正義も語らない。そこに1人の武士がいるだけ。それでいいんです。
時代小説作家には絶対書けない時代劇。
映画撮影のシーンがある映画の中で、ヒットする映画は監督が必ずこう言います。
カメラを止めるな。
男の生き様を撮影する手を止めちゃダメなんです。
幕末の武士が現代にタイムスリップするドラマは少なくありません。ですがこの劇ではタイムスリップした先が衰退する時代劇のスタジオだったことから、主人公の高坂新左衛門は右も左もわからぬまま時代劇の斬られ役を始めます。斬新な展開です。主人公はくそ真面目なので、武士として刀の達人なのに、師匠について時代劇の殺陣というものを学び、吸収していく。このくだりが丁寧。良い映画というのは導入部が丁寧。この設定がラスト30分に効いてきます。
ここからネタバレで:
ライバル役の人が幕末の旧敵、長州の藩士だった風見。現代に転生して役者としてすでに大成しています。殺そうとしていた相手と現代で再会しようとは高坂も思いも寄りませんでした。しかもただの斬られ役でしかない高坂との共演を望んだのは風見のほう。あえて自分を殺そうとした因縁の相手と、一度は止めた時代劇で再び相まみえようとは、風見は何を考えているのか。主人公の高坂は高坂で、因縁の旧敵と一緒に芝居ができるかと出演オファーを断ります。すると風見に、このままでは時代劇が消えてなくなり、武士というものが人々から忘れられてしまうとこの時代劇にかける風見の意気込みに押され、出演することにします。風見は風見で時代劇を捨てた理由があった。でも高坂を見つけたことで、時代劇で自分の中に決着を付けることができると考えていました。
しかししこりが消えたわけではありません。改定された映画の脚本を読んで高坂は会津藩が滅ぼされ、薩長に最後まで抵抗した罰として死体を埋葬することを許されず、生き残った藩士たちとの家族は不毛の土地へ追いやられたことを思い知らされます。自分が平和な時代にのうのうと生きていることがやるせなくなってしまう。そして消えかかっていた幕末の武士の魂に再び火がつきます。禍根に決着をつける時が来たのです。薩長軍との戦いで斃れた会津藩士やその家族の無念を晴らすべく、映画の最後の決闘シーンを模造の刀ではなく、切られれば死ぬ真剣での勝負にする。これを風見に申し入れ、風間もそれを受けます。こういう男と男の真剣勝負、いいですね。前半の笑いパートと裏腹に、後半の真剣を使って本当に斬り合いをする緊迫感は凄いです。時代劇で常にチャンバラを見ているのに、真剣で斬り合っている意気込みをキャラクターに吹き込むことで、いつものチャンバラが命のやり取りとして立ち上がってきます。黒沢明が観ても面白いと思ったんじゃないでしょうか。
物語の構成が秀逸。ベタこそ正義。意外な切り口だからベタなのに面白い。
この映画がヒットした理由はゴジラ-1.0のヒットにも通じるところがあると思います。この主人公である幕末の武士は価値観の変革に直面してあたふたする私たちなんでしょうね。
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