カテゴリー「ヨーロッパ ユニバーサリス」の25件の記事

2007/05/11

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第7回 文化の花開く江戸時代

ずいぶんと離れていましたが、ヨーロッパ・ユニバーサリス2のレポートを再開します。

弱小日本が満州相手に中国と手を組んで大陸に領土を拡張しました(リンク)。

目指せ満州帝国!

満州と戦いを続ける中、江戸の文化が花開いていきます。

1669年、日本は中国の側に立って満州に宣戦布告します。1673年には中国と満州の間で停戦が成立し、日本は新たな領土を拡張できました。
1672_03_12
オレンジ色のが日本の領土です。日本海が日本の湖になってます。

1676年、中国の求めに応じてチャガタイハーンに宣戦布告
1676_07_06
チャガタイハーンとは適当なところで講和しました。

1678年5月1日、中国との同盟を尊重して満州へ再び宣戦布告します。
1678_05_01

こうして満州と戦っている最中に政治的危機が!
1679_06_11
ここで安定度が3も下がるとは!水戸黄門の悪代官が印籠を見せられたときよりもビックリだぜ!

近松門左衛門がヒット作を書いた!
1679_10_15
今で言えば「渡る世間は鬼ばかり」系なのか?

1681年、中産階級が特権を要求
1681_03_14
貴族は嫌いだ!がんばれ越後屋!廻船問屋!

芭蕉の登場だ!
1681_09_01
現代の松尾芭蕉、ルー大柴なら、「カモーン、オールドプールや フロッグがジャンプインする ウォーターサウンドだぜ」とでも言うはずです。松尾さん元気?

汚職!
1681_12_27
無視!安定度が下がるのは勘弁してください。

長いなあこの戦い。

やっと中国が満州と講和。しかし日本は何も得られず。
1682_01_01
歯痒いのぉ。

1683年1月29日、明王朝が満州に降伏して、満州が中国になりました。
1683_02_13
面倒くさいことになりました。というのも中国の領土を日本が占領している形になりました。

ここからはどうやって大国中国の中で領土を維持するかです。

次回に続きます(リンク)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/18

ヨーロッパユニバーサリス3

こんなのだ!遊びたい!

スウェーデン版はカッコイイ

ゲームのデモ画面

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/16

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第6回 鎖国はしない江戸時代

前回は信長様が大陸に進出し、関が原の戦いが起こって有力大名の処遇を決めたところまでゲームは進みました。(リンク)

1603年8月9日、歌舞伎ができました。
1603_08_09

1610年2月18日、中国からの要請を受けて日本は再び満州に宣戦布告!
1610_02_18

1614年5月7日、徳川幕府の伴天連追放令
1614_05_07
調子に乗って画面みたいにカトリックを選んだら大混乱になりましてリセットしました。

1616年11月2日、再び満州に宣戦布告。
1616_11_02
これはすぐに集結。

また別の戦いで中国大陸を駆ける徳川家光公
1629_02_27

1645年10月19日、宮本武蔵「五輪の書」
1645_10_19
読んだものの意味はわかりませんでした。

1646年7月12日、満州とまた戦って今度は領土を拡大できました。
1646_07_12

1656年10月20日、新たに得た吉林に工場が
1656_10_20
ありがたや~。ベトナムあたりで戦う日本軍。

1661年9月22日の状況
1661_09_22
領有するプロヴィンスの数だけで言えば、島嶼部より大陸側が多くなっています。これで日本も大陸国家か!

次回に続きます(リンク)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/14

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第5回 信長様がアジアを往く

前回日本は中国と共に満州を攻め、満州に朝鮮を割譲させました(リンク)。死に体となった満州から領土をぶんどりますよ!

1578年1月2日、信長様が 満州の首都、吉林を攻略
1578_01_14
信長がこんなちんけな条件で和平できるか!

1578年11月3日、ナホトカ占領
1578_11_19
ナホトカを領土とできたので停戦します。

がしかし!

1581年6月18日、本能寺の変!
1581_06_18
信長様は大陸にいますが、本能寺の変!どこにあるんだ本能寺!

1582年2月11日、信長様死亡。

でも大丈夫。

我々には徳川家康様がいます!
1582_07_30

1582年9月25日、千利休が茶道を確立
1582_09_25
お茶の礼儀:小指を立てて飲むなとか?

1587年8月3日、秀吉の伴天連追放令
1587_08_03
鎖国はせんぞ。カモ~ン南蛮人。カステラ万歳。

1600年9月16日、関が原の戦い!
1600_09_16
関東で暴動が起こりますが、見事鎮圧。

でもここで終わらないのがユニバーサリアス。敗北した有力大名の処遇を決められます。
上杉は?
1603_02_03__2
そのままに。

織田は?
1603_02_03__3
減封。中央集権を進めるのです。

長宗我部は?
1603_02_15
やはり減封。

マニアックです。

さて、徳川の世は如何に?

次回に続きます。(リンク

最近アマゾンはポイント制を導入したような。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/13

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第4回 朝鮮出兵!

風邪をひきまして、風邪薬を飲んだつもりがカフェイン錠だったようで、寝れません(爆)

仕事もあるのですが、ひとつ終わったので放心状態で手につきません。

ビルマルクでしたか「為政者は時代の流れを作ることはできないが、時代の流れの中でよい舵取りをしなければならない」とか言っていたような。今回の日本もそうです。大陸の動静を見極めるのが肝要です。

前回までは日本は戦国時代を回避し、中国と同盟を結びました。(リンク

1561年3月7日、中国が日本の属国化を提案してきました。
1561_03_07
笑止!拒絶します。いざとなれば神風が吹くイベントが!(そんなわけありません)

反抗的な学者が登場
1561_05_13
革新主義でテクノロジーを発展させようぞ!

1566年6月18日、中国から対満州戦への参加要請が。
1566_06_18
待っていたぞこの時を!

戦機は我にあり!

当然中国側に立って参戦します。

進め信長軍!

しかし国内はいまだ統一されず
1568_08_19
関西で暴動発生。内患外憂です。

でも朝鮮半島に攻め込みます。このチャンス逃すにはもったいなさすぎます。

1568年10月17日、満州が朝鮮半島を割譲してもいいとの和平を申し出ます。
1568_10_17
日本の大陸進出です!シベリアのあたりは日本の植民地です。米は作れないでしょうな。

中国が同盟国なので豊臣秀吉のような目には遭いません!

これが新たな日本の領土です!
1568_map
日本海が「日本の海」よ呼べる状況です。

1569年3月には関西での暴動も鎮圧
1569_03_16

そして1571年9月14日、延暦寺の焼き討ち
1571_09_14
聞け坊主ども!日本は中央集権国家を目指すのだ!

1575年5月、徳政一揆が起こります。
1575_05_28
農民にはやさしい政治を目指します。

1567年10月16日、中国がまたも対満州戦への参加を求めてきました。
1576_10_16
日本にとって領土拡張のチャンスです!

ということで次回に続きます(リンク)。

戦国時代なき日本。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/02/03

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第3回 戦国時代にはさせん!

第2回は、日いづる国は激動に見舞われて、大変なことになりました。(リンク) まだまだ混乱は続きます(イベント盛りだくさん)。しかし戦国時代を起こしてはならんのだ!

1491年3月16日、足利政知、暗殺

1491_03_16

またも安定度が下がる!

1492年3月30日、異端運動
1492_03_30

弾圧だ!

1493年4月18日、将軍足利義稙追放
1493_04_18_1

安定度と中央集権度が下がる!

1493年4月21日、伊勢新九朗が足利茶々丸を暗殺
1493_04_21_1
貴族中心の政治から一歩遠ざかる。

1495年9月7日、伊勢新九朗が小田原城を奪取
1495_09_07
反乱の危険性が増大して、足利幕府マジやばいっすよ

1503年7月8日、スライダーを使って日本を中央集権体制に近づける
1503_08_09

1504年12月4年、貧窮にあえぐ農民を救済
1504_12_04
交付金を使って地方を支配するのだ!

1507年6月30日、細川政元、暗殺
1507_06_30

安定度も下がるわ、中央集権度も下がるわ。勝手に争うな!敵はモンゴル、中国ぞ!

1508年7月29日、足利義稙が将軍義澄を追放
1508_07_29_1
また中央集権度が下がる。戦国時代になるのかっ!

1513年5月19日、貴族が権利の復活を求めてくる
1513_05_19
戦国時代が迫ってるというのに!

ふざけるな!死刑だ!

1542年時点の日本の体制
1524_02_17
まだどちらかというと中央集権的体制を維持しています。

ようやくイベントの嵐が収まりました。

そして何事もなく20年が過ぎると

1542年8月4日、九州に遷都。
1542_08_04_1
毛利元就が日本を統一したのか!

九州に首都の紋章が
1542_11_04_1
歴史が動きました。これで戦国時代にはならなかったようです。

「今日の歴史が動いたそのときは、日本が九州に遷都した1542年8月4日とさせていただきました」と松平アナが言いそうです。

1548年2月23日、満州より同盟の提案が
1548_02_03
当然受諾します。

それから10年後、同盟が解消された1558年3月12日、
満州と中国より同盟の提案が同時に来ました
1558_03_12_1
今度の日本は中国に運命を託します。

日本のお家芸、カザミドリ外交です!

1560年1月、武田信玄と織田信長が誕生!
1560_01_03
この2人が同じ軍で戦うとは!

1560年4月30日、信長軍、蝦夷地の反乱を平定
1560_04_23

1561年1月、上杉謙信誕生!
1561_01_26

あとは戦機を待つのみ。満州と中国で戦うが起こるのを待ちましょう。

次回に続きます(リンク

戦国時代なき日本。

楽天だともっと安い店もあるかも。

>

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/27

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第2回 日本はシンデレラかヘレンケラーか

第1回に引き続き(リンク)コメントなしの写真貼り付けで参ります。

最初から暴動・内紛の嵐が吹き荒れますが、それがまだまだ続きます(これが売りなのか?)

1464年3月16日、反啓蒙思想の波
1464_03_16
そんなものイラねー

1466年9月11日、有力貴族が経済的援助を求めてきます
1466_09_11
財政再建団体にするそコラ!

1472年10月17日、貴族一門内の確執
1472_10_17
行列のできる法律事務所に行け!

1473年8月5日、応仁の乱、沈静化
1473_08_05
なのに四国で暴動発生。

1474年8月28日、各地で異端が流布
1474_08_28
電波出てる奴は抹殺だ!

1477年7月2日、応仁の乱、終結
1477_07_02
一安心。

1483年7月18日、銀閣寺造営
1483_07_18
日本を赤字まみれにするつもりかっ、パラドクス!

工場(というか芸術院)が関西に手に入ります。

1487年4月19日、小作人の不幸
1487_04_19
プレイしてる自分も不幸じゃないかと思います。

1488年10月2日、加賀の一向一揆
1488_10_02
てめえら騒がず拝んでろっ!

この叩かれよう、日本はシンデレラかヘレンケラーか!

次回に続きます(リンク)。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/24

EU2 負け組み日本でやってます(リベンジ) 第1回 もめまくる国内

申し訳ありません!忙しくてゲームを終えられませんが、見切り発車で報告していきます(1720年までは進みました)。

まあ写真を貼っていきます。ドキュメンタリータッチということで。

もめまくる日本(画像はクリックで拡大できます)

1425_02_25

1428_09_18
懐柔しまくり。

1438_12_11_1

1438_12_16

1440_06_16
これ以上まだ暴動か!おのれ皆殺しだ!

1441_01_20
お前らはイラクの武装集団か!追加派兵してやる!

さらに一揆!
1441_08_16_1

畠山家の内紛?知るかっ!
1454_04_16
勝手にしてくれ!

アイヌの民も一揆

1458_03_01

どうでもイイから、シャケよこせ!

これで一旦、内乱は小康状態に。

しかし中国とか満州とか巨大すぎで攻め込めないです。どうなる日本!

なせばなるはず何事も。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2007/01/12

EU2 負け組み日本でやってやろうじゃないか!番外編 (その3):1488年から1525年までに起こったイベント一覧

何度も失敗してるので、その時にキャプチャーした画像も使わないともったいないの思ったので始めた番外編もこれで最後です。

前回(リンク)の銀閣寺で400ダカット持っていかれたのは痛かった…

1488_01_18

1488_10_12

1491_04_07

1493_04_21

1493_04_21_2

1494_06_27

1495_08_18

1498_08_17

1498_08_17_1

1503_02_03

1503_02_03_1

1506_06_30

1508_07_29

1515_02_01

1515_12_07

1522_07_30

1523_08_22

1525_12_01
政権が倒れてしまった…このままプレイは続けられますが、腹立たしいのでやめましたよ!

もう一回勝負だ!

なせばなるはず何事も。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/01/09

EU2 負け組み日本でやってやろうじゃないか!番外編 (その2):1438年から1477年までに起こったイベント一覧

今、日本をプレイしていますがまだ終わっていません(というか勝てていません)。そこで前回に続き(リンク)、イベントを引き続き掲載していきます。

ランダムイベントも史実イベントもあります。これがすべてかどうかはわかりません。とりあえず応仁の乱まで。なんだか信長の野望みたいです。画像をクリックすると拡大します。

1438_11_10

1440_03_16

1441_01_30

1441_08_09

1441_08_16

1444_12_13 

1445_08_27

1446_09_09

1448_12_11

1451_01_20

1453_03_27

1454_04_29

1454_12_28

1457_05_19

1457_08_07

1459_06_14

1459_07_24

1461_09_30


1464_03_13

1464_08_07

1467_05_27

1473_06_17

1477_06_23

こんな感じです。まだ続きます(リンク)。

意外とイベント多し。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007/01/07

EU2 負け組み日本でやってやろうじゃないか!番外編:1419年から1433年までに起こったイベント一覧

また日本でプレイして撃沈しました!実際の状況的にいつまで続けられるかわからないので、イベントの画像だけ載せていきます(1419年~1500年くらいまで)。

説明とかなくても大丈夫かと(画像は拡大してください)。
1428_02_20

1420_10_29

1421_04_01


1423_05_09

1423_08_27

1425_12_25

1428_02_20_1

1428_09_27

1430_06_20

1430_07_08

1430_08_23

1430_08_23_manchu

1432_03_30

1432_10_11

1433_03_06
日本は満州に宣戦布告します。

続きはこちら(リンク

意外とイベント多し。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/01/05

EU2 負け組み日本でやってやろうじゃないか!第1回 試行錯誤か自暴自棄か? 

前回イングランドで勝利しましたが(リンク)今回は日本でやってみます。

ツワモノが集うFront Pageのヨーロッパ・ユニバーサリスwiki(リンク)によれば初心者にはお勧めできない国だそうです。強大な中国があるので領土拡張ができないとのこと。

要するに…

最初から負け組みってことですか?

例えるなら

お刺身のつまですか?

ポテトサラダのパセリですか?

やってやろうじゃないの!

って一回やってみました。

意外と日本のイベントは多いようです(こちらを参照)。

ダイナミックミッション(状況対応型ミッション)をオンにしてプレイしてみました。

まず1423年8月8日

1423_08_08
富樫満成が暗殺されます。知らなかった…

ダイナミックミッションをオンにしておくと、こんな荒唐無稽はミッションを要求されました。
1419_06_07
中国から(中国の)遼寧を占領しろと?アフォですか!目でピーナッツ噛むくらいに荒唐無稽です。仕方ないのでできるミッションも追加しました。

中国と朝鮮が大越と戦争しているので日本も両国と同盟して大越に宣戦布告しました。
1421年8月23日、帝国海軍(日本海軍)が中国大陸に向かいます。
1421_08_23
大陸は男のロマンだ!

大越を攻略する明軍・李氏朝鮮軍・足利軍
1421_12_26
大越といえば、ベトナム!私は朝に嗅ぐナパームの香りが大好きだ!

1422年9月12日、東北に宿営地ができます。
1422_09_12
宿営地とは基地ないし駐屯地のことでしょう。

1423年7月24日、世阿弥元清が能作書を完成
1423_07_24
観てると眠くなる…

1428年9月1日、君主(征夷大将軍)が後花園になりました。
1428_09_01
それから間もなく正長の土一揆が発生!
1428_09_24
ふざけるな!鎮圧だ!

そうしたら膨大な数の反乱で幕府軍が敗北します(兵力を増強していませんでした)。
Tsubaki
あん?

11月8日、朝鮮から使者が親書をもってやってきました。要件は
1428_11_08
日本の属国化です。

絶えがたき屈辱です。パラドクス社が「使者を斬首する」というオプションを用意しなかったことが悔やまれます。

さらに播磨でも土一揆が勃発
1429_01_16
足利幕府はこの土一揆も鎮圧できませんでした。再起不能になってしまいました…

おのれ、リセットだ!

これは断じて敗北ではない!
Tsubaki_2

戦略的撤退だ!

そうさ、安倍内閣も掲げてるじゃないか、人生再チャレンジだ!

日本で起こるイベントを見るにはこちら(リンク

負け犬だって犬だ!(人間じゃないのか?)

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007/01/03

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 最終回:アメリカはどうする?フランスは俺のもの!

前回、属国フランスが一方的に関係を破棄し、主人たる我がイングランドに宣戦布告してきました。イングランドは同盟国と共にフランスを降し、領土を割譲させました(リンク)。

これでイングランドの報復が終わったわけではありません。再び属国とするまで戦いは続くのです。

しかしその前にアメリカ大陸で不穏な空気が…
1763年2月28日、アメリカ入植者の間にアメリカ人としての自覚が芽生えます。
1763_02_28_america_revolution
植民地の反乱リスクが2上昇します。

さらに1775年2月5日には、アメリカで税に対する反乱が発生
1765_02_05_tax_revolts
イングランド政府はアメリカに課税するかイングランドに課税するか決断を迫られ、アメリカ独立を可能な限り回避すべく、イングランドに課税します。おかげでイングランドの反乱リスクは高まりますが、首都に近いので兵を雇って鎮圧できます。

1776年1月23日時点の北アメリカ大陸に建設された植民地は
1776_01_23_1
青がフランス、赤がイングランド、オレンジ色がネーデルラント、茶色がポーランドです。

もしアメリカで大規模な反乱が起こればイングランドはフランスとの戦争ができないだけでなく、他国に攻め込まれる可能性も出てきます。

そこれイングランドは1777年7月14日に
アメリカ合衆国とケベックを属国として独立させます。
1777_07_14_1
緑色がケベック、藍色がアメリカ合衆国領です。本来アメリカ領となるはずの地域がオランダとフランスに押さえられています。実際よりも小さな国になったので、そう簡単にイングランドには抵抗できないでしょう。

1780年2月15日、同盟国ヘッセンがアルトワに宣戦布告します。イングランド、ネーデルラント、ポルトガル、ブランデンブルクも宣戦布告します。そして3年後の1783年7月15日にアルトワがロレーヌをヘッセンに割譲し、イングランドに153ダカットの賠償金を支払うことで和解を申し出てきたのでこれを受け入れます。

1783年12月6日のイングランドの勢力図
1783_12_06_edit
黄色い枠がイングランドの勢力圏です。水色の丸はイングランドがドイツ地方に所有する属国です。

1797年1月7日、銀行制限法が施行
1797_01_07_bank_act
解説を読むと、1796年に第一次対仏同盟が崩壊して、オランダ(ネーデルラント)とフランドルがフランスに占領されるそうです。そういばフランス革命が起こりませんでした。しかしイングランドはフランスに対抗する自国および他国の軍事力を維持する費用がかさみ、財政破綻の危機に直面します。そのためイングランド銀行の1回の貸付限度額を200ダカットに制限する法案が提出されたそうです。

もともと200ダカットを制限していたのこの法案を可決。

1804年くらいにフランスがアメリカに北米大陸にあった領土を割譲します。おそらくルイジアナ購入が行われたようです。

そして1805年7月22日、ついにフランスがイングランドに宣戦布告してきました

待っていたぞこの時を!返り討ちにしてくれるわっ!

1806年4月9日の状況
1806_04_09_dip_edit
黄色い丸がイングランド陣営で、水色の丸がフランス陣営です。

フランスの首都イル=ド=フランスを攻略するイングランド連合軍
1809_09_29_1
見ろ!パリが燃えているぞ!

南部のリヨンも攻略します。
1809_09_29_2
フランス兵はどこにいる!

そして1815年9月15日、フランスはイングランドに屈し、再び属国となりました。
1815_09_19_france_vassal
思い知ったかフランスよ!

終戦後のイングランドの勢力図(ヨーロッパ)
1815_09_19_dip_edit
黄色い枠は属国とその領土です。

同じくアメリカ大陸のイングランドの勢力図
1815_09_19_1_edit
イングランドの圧倒的優位です。

そしてゲーム最後の1819年12月30日を迎えました。
Final
勝利ポイント4042でイギリスがヨーロッパ列強に勝利しました!

長かった…

次は日本でもやってみます(リンク)。どこまでできるかは不明です。

ヨーロッパを我が手に!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2007/01/02

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第10回:飼い犬に手を噛まれたイングランド

前回、イングランドは内乱が勃発したり、ピューリタンが新国家を樹立するなど危機に見舞われ、最後には属国だったフランスが我がイングランドに宣戦布告してきました(リンク)。

ふざけるな~

飼い犬に手を噛まれて黙っている飼い主はいません。

同盟国のヘッセン、ネーデルラントも逆賊フランスとの正義の戦争に加わってくれました。

開戦直後(1728年4月5日)の外交状況
1728_04_05_dip_edit
黄色い丸がイングランドおよび同盟国としてフランスと戦うネーデルラントとヘッセンです。フランスはイラク戦争におけるイラクと同じく孤立無援です。スペインと婚姻関係を結んでいるのでフランスに協力することも、イングランドに戦争を仕掛けてくることもありません。イラク戦争で言えば、トルコやヨルダンが取った立場です。

戦いが続くなか、イングランドはブランデンブルクと属国となったポルトガルに外交官を派遣して軍事同盟を結び、対仏戦争に参加させることに成功しました。

1733年11月11日、スウェーデンがヴェネチアに宣戦布告します。なにを血迷ったかフランスがスウェーデンと同盟を結んで宣戦布告します。

これでフランスの運は尽きました。

ヴェネチアはスペイン、ロシア、アルトワ、ミーズと同盟を結んでおり、それがフランスに宣戦布告してきたのです!

1733年11月22日のフランスを取り巻く外交状況
1733_11_22_dip_edit
イングランド同盟(黄色)とヴェネチア同盟(青色)がフランスを包囲するように戦っています。

ふっ、フランスもイングランドの同盟の傘があればこそ、生きておられたものを。増長しおって。

しかしこのままフランスを占領するとこちらも軍事力をすり減らし、オーストリアの餌食にならないとも限りません。そこで1734年12月22日、我が属国と同盟国に対してフランス領土の割譲を条件に停戦を飲ませます。

最後(1810年くらい)までにフランスを再びイングランド王のもとに跪かせてやりますよ。

フランスとの和平条約で属国(と同盟国)に与えた領土:
1736_08_15_1_edit
ヘッセンには北海沿岸のプロヴィンスを与えました(緑丸)そして
1736_08_15_2_edit
オランダにはアメリカ大陸のプロヴィンスを与えました(緑色)。イングランドも1つプロヴィンスを増やしました(黄色)。

「ジェンキンズの耳」の問題が発生!
1737_jenkins_ear
変なタイトルですが、これが契機となって史実では大戦争が起こります(ウェキペディア)。イングランドはスペインとの戦争は避けたいですが、安定度が下がっていることもあり、スペインとの対決姿勢を強めて安定度を高めたいとの思惑から、史実を同じ決断を下します。

1741年12月16日、我が同盟国であるブランデンブルクがポーランドに宣戦布告します。同じ同盟に属するネーデルラント、ヘッセン、ポルトガルもポーランドに宣戦布告します。一方、ポルトガルと同盟を結ぶオーストリア、バーデン、モルダヴィアも参戦しました。

そして12月25日にはブランデンブルクがイングランドに参戦を要請してきました。
1741_brandenburgpoland
イングランドはポーランドの婚姻関係を結んでいましたが、あえて宣戦布告します(おかげで安定度が下がりました)。

1742年1月2日、オーストリア継承問題が発生
1742_prohabsburg
イングランドは現在オーストリアと戦争中ですが、オランダやヘッセンとの友好関係と安定度が向上する、オーストリアの方針(マリアテレジアをハプスブルクの統治者とする方針)を支持します(詳しくはウェキペディアのオーストリア継承戦争を参照)。

そして9月26日には、「宮殿」建設イベントが発生
1742_palace
勝利ポイントが25追加されることに目が眩んだイングランド王は戦時中なのに宮殿を建設します。金が無ければ借りれば良いのだよ。先のことは心配するな!

その後も戦争は5年にわたって続き、1747年8月23日、オーストリアがイングランドの講和条件を受け入れたことでイングランド陣営の勝利が確定します。ヘッセンは領土を減らしましたが、イングランドとネーデルラントはこの戦争で領土を拡張しました。
1747_after_war_edit
イングランドはドイツに領土を手に入れ(緑色)、ネーデルラントはイタリアとバルカン半島でプロヴィンス(黄色)を獲得しました。

さて今度はもうすぐ起こるであろうアメリカの独立運動にどう対処し、どうフランスを屈服させるかが問題となります。

次回に続きます(おそらく次が最後です)。

せめぎ合う野望!錯綜する外交関係!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/31

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第9回:内患外憂のイングランド

前回、フランスがブルターニュに宣戦布告したことを受け、フランスとの関係をできるだけ維持したいと考えるイングランドはブルターニュに属国にもかかわらず戦線布告します。またアルトワとミーズの2つの属国もブルターニュの同盟国であったことから、イングランドはこの二国も失うことになります。しかし二度にわたる対ブルターニュ戦争を経て、1648年までにイングランドはイギリス海峡の大陸側をほぼ掌握しました(リンク)。

しかしヨーロッパに平穏の2文字はありません。

1651年1月10日、航海条例を可決するかどうかが問われます。
1651_navigation_act
これはオランダ(ネーデルラント)を植民地との中継貿易から締め出すことを目的とした立法です。史実ではこれが原因となって英蘭戦争が起こっています。確かにこれを可決すればイングランドの貿易は拡大します。しかしこのゲームにおいてネーデルラントは我が国の属国なのです。現代で言うならイングランドはネーデルラントの持ち株会社です。この国の貿易が拡大すれば我が国への配当(上納金)も増えます。ゆえにこの法案は可決せずに現状を維持します。

これでネーデルラントとの対立を回避できたと思いきや、1669年5月28日イングランド領内で内戦が勃発!
1669_civil_war_2
3つのプロヴンスで同時に大規模な反乱が発生しました。
1669_05_28_edit
赤い丸が反乱が起こった地域です。

駄々をこねると鎮圧するぞ!

外交努力によって常備する兵力をできるだけ抑えているため、この反乱は極めてまずいです。借金して傭兵を雇って鎮圧します。

この内戦を完全に鎮圧していないのに1672年1月14日には、イングランド領内でピューリタンが独立国を樹立しました!
1672_civil_war_puritan
お客さん、そういうことはオモテでやってくれ!

アルモール(Amour)の反乱をまだ鎮圧できないままピューリタン討伐を優先したため、1657年5月1日にこのプロヴィンスはブルターニュ領に戻ってしまいました…

いつか取り返す…

1674年4月9日、イングランドの同盟国であるヘッセンに対して北方の雄、スウェーデンとその同盟国ブランデンブルクが宣戦布告してきました。フランス、ネーデルラント、イングランドもスウェーデンとブランデンブルクに対して宣戦布告します。そして5月29日にはバーデンが我が同盟に加わり、スウェーデン陣営に宣戦布告します。

1677年7月2日にイングランド軍がブランデンブルクの首都ともうひとつのプロヴィンスを占領すると、ブランデンブルクが賠償金94ダカットで講和を求めてきたので、これを受諾します。口ほどにもないわ!

1677年12月22日の状況
1677_12_22_dip_edit
黄色い丸がイングランド陣営。青い丸が講和したブランデンブルク。そしてピンクの丸がスウェーデンです。勝てないとわかったスウェーデンは翌年8月30日、我々の慈悲深い講和条件を受諾し、戦争が終結しました。この戦争で得たものはバーデンです。この国を同盟国にできたことは戦略的に大きいです。

それから4年後の1681年4月1日、イングランドは奪われたアルモールを奪還すべくブルターニュに宣戦布告します。イングランド軍は数にものを言わせてブルターニュ軍を全滅させ、翌年10月14日にアルモールを割譲させた上で属国化しました。イングランドに楯突いても無駄なのだよ!

そういえば北アメリカの植民地化も着々と進んでいます。
1677_12_22_2
赤い部分がイングランドの植民地です。

1692年1月12日、イングランド銀行(中央銀行)設立。
1692_bank_of_england
これで政府は1回のローンの借り入れ金額を増やすかあるいはそのままにするかを選べます(※どれを選んでも、5回までだった借りられるローンの制限がなくなります)。イングランドはインフレ率が5%下がる現状維持を選択します。これで傭兵を雇うときや、インフラを整備するときの資金調達が俄然楽になります。

1697年3月27日
1697_03_27_hist
朝鮮が中国の属国になりました。歴史は繰り返すのか…

1700年1月17日、植民地の防衛を入植者に民兵として任せるかどうかの決定を迫られます。
1700_colonial_defense
難しい選択です。21世紀に生きる我々はアメリカの植民地が独立することを知ってます。入植者に民兵として防衛を任せれば、それは政府に反旗を翻す力ともなりかねません。しかし城壁を建てれば反乱が起こったときに篭城されます。1000ダカットが惜しいのでここは防衛を民兵に任せます。

1700年12月6日、フランス・ブルボン家のアンジュー公フィリップがスペイン国王に即位します。これにイングランドは反対するかどうか選択を求められます。
1700_spanish_succesion
史実ではこれに反対するハプスブルクとイングランド、オランダ(ネーデルラント)が同盟を結んで、フランスに戦争を挑みます(スペイン継承戦争)。しかしフランスはイギリスの属国です。戦争はしません。しかし我が属国ネーデルラントはアンジュー公フィリップの即位に反対します。ちょっと!空気を読めないのかネーデルラントはっ!

1700年5月1日の状況
1700_05_01_edit
青い線がイングランドの勢力圏プラス同盟国です。ドイツのバーデンとヘッセンがオーストリア(広大な白い地域)の防波堤になってくれています。


ちなみにフランスとイングランドとの関係を見てみると…
1700_05_01_dip
-185!仮面夫婦じゃないですか!

でも大丈夫、

すべて金で解決だ!

その結果…
1701_01_13_france
-50まで回復!

1701年1月13日時点でのイングランドと諸外国との関係は
1701_01_13_dip 
非常に良好。婚姻関係を四方八方と結んでいるので戦争になればどこかとは婚姻関係を破棄しなければならなくなります。

1703年、外交官ジョン・メスエン(John Methuen ※Muethenじゃないです)によってポルトガルがイングランドの(経済的)属国になりました!
1703_meuthen
すばらしい!

ちなみにポートワインはポルトガルのポルト港からイングランドに大量に入ってきたことに由来するそうです(ウェキペディア)。

1715年1月16日、ジャコバン派の反乱発生(詳しくはウェキペディア
1715_jacobite
また内乱ですか!
スチュワート朝の復活を認めるか、反乱を弾圧するか(ただしフランスとの関係が150低下します)選択が求められます。中央政府の意向に従えない輩は弾圧だ!

そして1728年3月30日、こともあろうに

フランスがイングランドに宣戦布告してきました!

ふざけるなフランス~! 属国の分際で!

お前ら血の気多過ぎだ。

次回に続きます(リンク)。

イングランドに栄光あれ!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/30

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第8回:破綻する外交政策とアメリカ大陸発見!

前回、イングランドは宗教改革に直面し、史実に反してカトリックを固持しました(リンク)。

しかし問題は常に予想もしない方向から起こります。

1550年ザクセンがプロテスタントに改宗し、カトリックである我がイングランドのとの婚姻関係と軍事同盟を破棄しました。対オーストリアの防波堤の一角が崩れました。

そして1551年1月1日、フランスがブルターニュに宣戦布告し、イングランドに参戦を要請してきました。しかもブルターニュは我が属国であるアルトワとミーズと同盟を結んでいます。イングランドがブルターニュに宣戦布告すれば、ミーズとアルトワとの属国関係が強制的に放棄され、我が国の安定度が著しく低下します。しかしフランスの要請を断るのも得策ではありません。

1月7日、イングランドは自らの属国であるアルトワとミーズに宣戦布告します。

そして1553年2月20日、イングランドはブルターニュからの賠償金80ダカット(フランスにはジブラルタルとオルデンブルクの割譲)での講和要請に応じます。イングランドは新大陸を目指したいので無駄な国力を戦争に使いたくありません。

7月4日、カトリックのメアリーが女王に即位します。ここでまたも宗教問題が。
1553_bloody
上:イングランド教会に教皇の権威を認めさせる。
中:カトリックを国家としてもっとも優遇する宗教に定める。
下:宗教の自由を認める。
イングランドは宗教的自由を認めます。
その影響で安定度は上がったものの、スペインとの関係が100低下しました(-190)。やばいです。

イングランド国内の宗教でカトリックからプロテスタントが主流になったのでやむなく、1565年12月25日、国教をカトリックからプロテスタントに変更しました

しかしネーデルラントとフランデレン(フランドル)はバリバリの改革派です。反乱も頻発するので属国として独立させ、軍事同盟を結ぶことにします。
1565_flanders
フランデレンの独立
1565_netherlands
ネーデルラントの独立。そしてこの2国と同盟を結びます。

1566年2月13日、ウェールズ併合法可決。
1566_wales
イングランドの中央集権化がさらに進みます。

1573年1月26日フランシス・ウォルシンガム卿なる人物が登場
詳細
1573_framcis_walsingham
ウォルシンガムを登用したことで、ホルスタイン、ケルン、スペイン(!)、スコットランドとの婚姻が成立します。スペインとの婚姻はとにかくありがたい。

ウォルシンガムの活躍(暗躍?)によりイングランドの外交関係は安定しました。1575年の外交状況:
1575_01_06_dip
イングランドを敵対視しているのはオーストリアとブルターニュだけです。

イングランドが北米大陸のデラウェアとマンハッタンを発見。
1575_01_06_1
夢の新大陸だ!

1584年4月1日、ドイツにおける我が同盟国ヘッセンがクレーフェ(Kleves)に宣戦布告しました。イングランドもフランス、ネーデルラントともにクレーフェに対して宣戦布告します。イングランドはフランスとネーデルラントに軍隊の通行許可を求めますが、フランスは拒否しました(おっと面従腹背か?注意せねば)。やむなくネーデルラントから遠征軍を進撃させます。

続く11月9日にはかつて我が同盟国であったザクセンがヘッセンに宣戦布告。昨日の盟友が今日の敵。恐るべしユニバーサリス。ザクセンの同盟国であるヴィッテンベルクとスウェーデンも宣戦布告してきます。

せっかく築いた外交システムが破綻しました。

イングランドはザクセンとの戦いに集中するため1584年12月7日、賠償金75ダカットを支払ってクレーフェと講和します。無念…しかし粘り強く戦い続けたネーデルラントが1585年3月1日、クレーフェを併合しました。

1585年8月22日、プファルツとその同盟国(クロアチアとバイエルン)がネーデルランドに宣戦布告します。フランスはこの戦争には加わりませんでしたが、イングランドは参戦します。

1585年8月24日、イングランド軍がザクセン領のひとつを攻略し、11月7日に「引き分け」で講和します(フランスとは11月20日に講和)。残るはプファルツとクロアチアのみ!

1586年11月8日、イングランド軍がプファルツ選帝侯国のプファルツを攻略し、1587年6月15日にイングランドとは賠償金190ダカット、ネーデルランドとはケルンの割譲という条件で講和します。1590年9月18日、ネーデルランドはクロアチアと賠償金190ダカットを条件に講和します。

1593年にはウィリアム・シェークスピアが登場
1593_shakespeare
インフラへの投資が250アップし、安定度も1つ上昇しました。

1609年、イングランドの外交状況:
1609_02_14_dip
スペインとの婚姻関係が消滅したのでフランス=イングランドは東西を敵にはさまれています。どうしたものか…

そんな中着々と領土を拡大するネーデルラント
1609_02_14_2_edit
知らぬ間にネーデルランドはフランデレンを併合していました(青い丸)。そして緑丸がプファルツとクレーフェと戦って得た領土です。

イングランドも負けてはおられませぬ。新大陸に植民地を建設します。同じく1609年の状況
1609_02_14__1
赤いのがイングランドの植民地です。カナダからフロリダにかけて広く建設しています。

イングランドは国内のインフラ整備にも力を入れ、プロヴィンスに工場を建設しています。1609_02_14_dom_edit
緑の丸がイベントで得た工場ですが、赤い丸は1000ダカット以上支払って建設した芸術院です。これがあると安定度が上昇します。首都にあるので収入も得られます。

1634年1月6日、国王と議会が衝突!宗教政策と税制において議会と国王が対立しました。
1634_parliament
史実では国王が議会を解散して独裁(絶対王政)を行うのですが、拙者はオリヴァー・クロムウェルによる内戦も回避したいですので議会に屈します。

こんな気弱な国王ですが、植民地は拡大していきます。
1634年1月19日の状況:
1634_01_19
赤色以外は原住民の国家です。そのうち戦うことになるでしょう。イングランド国王陛下の寵愛を受けるがいい!

1645年1月26日、フランスがブルターニュに再度宣戦布告します。フランスの同盟国は我々イングランドとネーデルラント、ヘッセンです。ヘッセンは参戦しますがネーデルラントは参戦しません。イングランドは参戦します。フランスがブルターニュを併合すると一段と国力がつきイギリスとフランスのパワーバランスが逆転します。そこでイングランドも海峡沿岸を占領し、万が一フランスがイングランドに宣戦布告してきたときの防波堤としたいと思います。

一方、ブルターニュ側にはポルトガルとプファルツが参戦してきました。

ここでイングランドが指向する戦略は各個撃破です。まずプファルツを攻めて勝利し、1646年3月20日に賠償金28ダカットの条件で停戦し、続く8月7日にはポルトガルと賠償金103ダカットで停戦します。残るはブルターニュのみ!

そして1648年4月25日、全土を英仏軍に支配されたブルターニュが講和を申し出てきました。
1648_brittany_2
イングランドには賠償金105ダカットと海峡沿岸の割譲、フランスにはそれ以外の領土の割譲(首都を除く)という条件で講和を願い出てきました。寛容なるイングランドはこれに応じます。

戦争終結後のイングランドの状況:
1648_04_25_edit
黄色い枠が今回の戦争により属国ネーデルラントを含めてイングランドが完成させた大西洋の壁です。緑色の枠がイングランドの勢力圏です。

勝利ポイントは
1648_victory
イングランドが1位でロシアが追い上げてきています。

史実において1648年は30年戦争がヴェストファーレン条約によって終結し、カトリックとプロテスタントの政治的対立は終わります。

どうにか宗教革命の嵐を乗り越えました。しかしこれは新たな戦いの幕開けでしかありません。次回に続きます。(リンク

イングランドに栄光あれ!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/28

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第7回:どうすんの俺!

前回、我がイングランドは宗教改革が起こるのを危惧している矢先、オーストリアから二度にわたる宣戦布告を受けるも、二度とも勝利して領土を拡大できました。そして宗教革命が起こりました(リンク)。

宗教革命イベントが起こるとこんな画面が出てきます。
Reformation
クリックで拡大できます。これは1522年に起こっています。1517年に起こるとは限りません。プロテスタントに国教を変更すると税収が上がり、一度きりですが各プロヴィンスのカトリック教会から没収した資産(25ダカット)が得られます。あと入植者の生産数もカトリックより多くなります。

1536年10月2日、ブルターニュがまたもブルボネに宣戦布告し、ミーズとアルトワが同盟を遵守してブルターニュ側に立って参戦します。
状況を図示するとこうなります(1536年7月23日):
1527_07_23_edit
黄い丸がブルターニュ連合、ピンクの丸がブルボネです。
1528年10月12日、ブルターニュがブルボネを併合しました。

しかしその前に1527年7月27日、ロレーヌがアルトワに宣戦布告します。ミーズとブルターニュもロレーヌに宣戦布告します。8月3日にはイングランドもローレヌに宣戦布告し、フランスもそれに続きます。1529年10月16日、ロレーヌは完膚なきまで叩きのめされ、ロレーヌに併合されます。

1530年1月7日時点の勢力図
1530_01_07_edit_1
黄色い丸が今回アルトワが併合したロレーヌ。緑枠がイングランドの勢力圏。

それからわずか10日後の1527年10月25日、ミーズがエールに宣戦布告します。ブルターニュとアルトワも宣戦布告します。頼むから属国どうして戦うのはやめてくれ。

1530年11月24日、エールはミーズに95ダカットの賠償金を支払って講和。

その間にイングランドは1つの選択に迫られました。海軍省(Admiralty:海軍の創設)です。イングランドは陸軍国を目指すのか海軍国を目指すのか選択を迫られます。

陸軍を常備軍として創設した場合:
Royal_navy
首都のアングリアに徴兵所ができ、陸軍技術が進みます。ただしアングリアの税収入が下がります。

史実どおり海軍の創設を選択した場合:
Royal_army
この場合、首都のアングリアに海軍造船所と貿易センターができ、海軍技術が進みますが、アングリアの税収入が下がります。

将来的には新大陸アメリカを目指したいので海軍力は重要です。さらに貿易センターがあると収入が増えます。

ここは海軍の創設を選択します。

1534年1月11日、運命の日が来ました国王至上法(Acts of Sprememacy)です!これを可決するとイングランド国教会が誕生し(国教がプロテスタントとなり)、ローマ法王を頂点とするカトリック教会と決別することになります。
この法案を可決した場合の利点と欠点
Act_of_supremacy_anglian
利点:国庫に250ダカットの臨時収入。中央集権化が1上昇。
欠点:リトアニアとの婚姻関係解消し、関係が150低下。安定度も2低下。

逆にこの法案を可決しなかった場合、
Act_of_supremacy
利点:安定度が1上昇し、スペインとの関係が100改善されます。
欠点:(書いてませんが)入植者の生産が少なくなります。

史実的には国王至上法が施行されて、イングランドはプロテスタントになるのですが、
1530_reli_edit
赤い丸がプロテスタントで他はカトリック。イングランドでもプロテスタントは唯一1つのプロヴィンスのみ。反乱リスクを抑え、スペインとの戦いを避けるため、ここは歴史と違う選択をします。

カトリック万歳!

1540年11月18日、ジャン・カルヴァン登場
Calvin
これで改革派に改宗するプロヴィンスが出てきてさらにヨーロッパは宗教的に分断され混乱します。

1545年、イングランドのコーンウォールに冒険商人が現れます。
Explorer
コーンウォールに産物工場が誕生し、商人が5人増え、探検家(航海士)が登場しました。これでイングランドも大西洋の大海原に乗り出すことができます!

それから2年後、大戦争が勃発します。
1547年7月13日、イタリア北部のジェノヴァがモデナに宣戦布告します。これを受けジェノヴァの同盟国であるドイツのブランデンブルクがモデナに宣戦布告します。ポルトガルも同盟を遵守してモデナに宣戦布告します。一方、モデナの同盟国であるクロアチアとリトアニア、そしてプファルツもジェノヴァ連合に宣戦布告します。

そしてイングランドが新たに同盟を結んだドイツのザクセンがこれを好機と、8月24日にブランデンブルクに宣戦布告します。これを受けてイングランドとフランス、スコットランド(同盟国になりました)もブランデンブルクに宣戦布告し、イングランド連合VSジェノヴァ連合VSモデナ連合の戦いの火蓋が切って落とされました。

状況を図示するとこうなります:
1547_edit
黄色がイングランド連合、水色がジェノヴァ連合、赤がモデナ連合です。
ヨーロッパをまたぐ大戦争です。フランスの格言にある「敵の敵は味方」のようにモデナ連合とイングランド連合がジェノヴァに対して事実上共闘しています。

イングランドが狙うのは現在ポルトガル領となっているネーデルラント(現オランダ)です。

そこでイングランドは1548年8月4日にブランデンブルクを下して、44ダカットの賠償金で早期講和します。

そしてポルトガル艦隊を撃破した後、ネーデルラントを攻略して1550年1月23日、ポルトガルがネーデルラントを割譲するとの条件で講和を求めてきたので受諾します。そして最後に同盟の盟主ジェノヴァから賠償金30ダカットを得ることで戦争を終結しました。

1550年の状況
1550_edit
イングランドは黄色い丸(ネーデルラント)を新たな領土としました。赤い丸は旧ハンガリーでオーストリアが併合して大きくなっちゃいました。オーストリアよ

お前はマギー審司か

1550年の宗教分布図
1550_reli_edit
黄色がイングランドの勢力圏、その中の水色が改革派、赤がプロテスタントです。他の地域の青なっているプロヴィンスはプロテスタントと改革派です。

このまだら模様の国をどう治めるべきか。どうすんの俺!

次回に続きます。

歴史を決めるのは君だ!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006/12/27

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第6回:オーストリアとの戦い!

前回までにイングランドは幾多の戦いを経て属国化したフランスの国土統一に大きく近づきました(リンク)。しかしここから国家分断の危機がやってきます。宗教改革です。

イングランドはヨーロッパ大陸にも領土を持っています。宗教改革が起こるとこれが反乱の火種となりかねません。歴史的にイングランドはカトリックから離脱して国教会を創設します。しかしフランスはカトリックを堅持します。どういう宗教政策や統治政策を採用するかによってイングランドが大陸領土を維持できるか、喪失するかが決まるといっても過言ではありません。

しかしその前にオーストリアとの2度にわたる戦いが起こります。

1485年8月21日イングランド、ボスワースの戦い においてリチャード3世がヘンリー7世に破れ、チューダー朝が開かれます。
Bosworth_field
シェークスピアの「リチャード3世」で、リチャードは突撃の後に落馬して 「馬を! 馬をよこせ! 代わりに我が王国をくれてやる!」 と泣き叫ぶそうですが、これは嘘らしいです。とはいえカッコイイ。このイベントが起こったことでイングランド本国での反乱リスクが低下し、中央集権化が進みます。

1500年1月2日「エラスムス」登場
Erasmus
革新+1、中央集権+1されました。ありがたい。

1500年11月30日、オーストリアとその同盟国がイングランドの属国アルトワに宣戦布告してきました。これに対してブルターニュとフランスが同盟を遵守してオーストリア同盟に宣戦布告、12月7日にはイングランドも宣戦布告しました。なぜ1週間後かと言えば、オーストリアの外交状況を確認していたからです。

1500年12月の外交状況
1500_12_11_edit_1
(クリックで拡大できます)
黄色い丸がオーストリア同盟諸国。水色の丸がアルトワです。なぜオーストリアが宣戦布告したかと言えば、アルトワの北東にある赤い地域(フランデレン、ブラバント、ゼーラント)がブルゴーニュからオーストリア領になったからです。

オーストリアとスペインが手を組んでフランスに攻めこむ危険性が低いのでイングランドは宣戦布告します。オーストリア本国に攻め込むのは時間と戦費の浪費になるので、ここはフランデレン、ブラバント、ゼーラントを占領して、同盟の盟主であるオーストリアとの講和に持ち込みたいと思います。図示するとこうなります:
1500_12_11_edit_2
戦力の一点集中です。

この危機に乗じて1502年4月24日、ブルボネがブルターニュに宣戦布告します。ブルボネもブルターニュもフランスの属国だろうに、ここで内輪もめとは泣けてきます。イングランドはオーストリアとの戦いを優先するためブルターニュからの参戦要請を拒否します。(おかげでブルターニュ=ミーズ=アルトワとの同盟関係は消滅しました)

オーストリアとの戦いの推移:

1502年6月26日:ゼーラントにてオーストリアの同盟国オルデンブルク軍を破り、同地の包囲を開始。
1502年9月3日:ゼーラントの包囲を開始するも、10月30日にオルデンブルク軍によって撃退される。
1502年11月25日:フランデレンにてオーストリア軍に敗北。この辺りが潮時か。
1503年1月28日:オーストリアに占領されていたアルトワを奪還。
1503年2月9日:オーストリアが60ダカットで講和を求めてきたので応じます。イングランドは九死に一生を得ました。

ブルボネとブルターニュの戦いはブルターニュが1503年7月19日にブルターニュが36ダカットを支払って講和しました。

それから7年後の1511年12月9日、オーストリアが再びイングランドの属国アルトワに宣戦布告しました。1500年の戦争とまったく同じオーストリア同盟軍VSイングランド諸国軍(アルトワ=ミーズ=ブルターニュとは同盟関係がないので)との戦いです。今度こそ目に物見せてくれるわ!

1515年4月までに、イングランドはオーストリア同盟軍を蹴散らしてブラバント、フランデレンを占領し、ゼーランドに対する攻城戦を開始しました。
1515_04_22
周囲にオーストリア軍はもういない!

今回はフランス軍が善戦し、南部のオーストリア領(今のスイスの辺り)を攻略しました。1515年4月22日の段階で、戦いはかなりイングランド優勢(69%)に進んでいます:
1515_04_22_dip
そして翌年の2月12日、イングランドはオーストリアから複数のプロヴィンス割譲を条件に講和しました。イングランドはオーストリアに勝利しました!この戦いにおいてイングランドはフランデレンとゼーラントを、フランスはスイスを得ました。

開戦前の領土(1510年)
1512
白い地域がオーストリア領です。

そして停戦後の状況(1518年)
1518_edit
水色の丸がイングランド、緑の丸がアルトワ、赤い丸がフランスが今回の戦争で得たプロヴィンスです。

2度にわたる戦争でイングランドはオーストリアを破り、西ヨーロッパにおける優位を確立しました。領土を拡張するのは国家繁栄の礎ですが、あまり広げすぎると多宗教国家になって反乱が多発して身動きが取れなくなります。

そして1518年6月2日、ついに宗教改革がイングランドでも起こってしまいました。

1518_reli
イングランド本国の一部(アングリア)とスカンジナヴィアの一部とバルト海沿岸が他よりも濃い茶色になっています。これはこの地域がプロテスタントになったということです。イングランドとしては国教はまだカトリックを維持します。フランスや周辺諸国がカトリックだからです(宗教が違うと婚姻できなくなります)。しかしアングリアでの反乱リスクは高くなります。

当時のカトリックにとっては(今ではない)、プロテスタントは共産主義のような存在と言えるかもしれません。

ということで、プロテスタントの爆弾を抱えたまま次回に続きます(リンク)。

日本もプレイできないことはありません。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/12/26

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第5回:戦乱の日々

前回、我がイングランドは悲願であったフランスの属国化を成功させ、1449年4月25日、我が国は北側の脅威を排除すべくスコットランドに宣戦布告しました。 (リンク

当然、無謀な戦いはしません。策はあります。南下してくるスコットランド軍はそのままにして、イングランド軍は北方に艦隊で回り込んで上陸し、スコットランドの首都を攻略します。

Scotland_edit
クリックで画面は大きくなります。
(水色がイングランド軍の予定進路です)

イングランド軍はがら空きになったスコットランドのほぼ全域の占領に成功します。そして1452年2月10日、スコットランドが50ダカット賠償金とグランピアンとストラスクライドの割譲で和平を求めてきたので受け入れます(属国化できませんでした)。

1542年のイングランドの領土:
1452_scotland
赤いのがイングランドの領土、青いのがスコットランド領です。

あとはフランスを属国として維持しつつ、台頭するヨーロッパ諸国から袋叩きに合わないように良好な関係の構築を目指します。

そんな矢先の1452年9月9日、我が属国フランスがこともあろうに我が属国であるブルターニュに宣戦布告しました。しかもフランスは我が国に同盟国としての援助まで求めてきました。

なにしてくれんのよ、フランス!

ここでフランスの要請を拒否して同盟関係がなくなるのは危険です。やむなく1452年9月11日、イングランドはブルターニュに宣戦布告しました。安定度が3ポイント低下しました。これは痛い。

開戦間もない1452年10月18日の状況:
1452_europe_edt
フランスは敵国(黄色い丸)に囲まれています。ブルターニュがブルゴーニュなどと同盟を結んでいたためです。イングランドとしてはスコットランドを叩いておいて良かったです。

そして4年近く戦い、最終的にブルゴーニュからオルレアン、フレンチコンテ、ピエモントをフランスに割譲する条件での停戦要請が入ったので受諾しました。

開戦時のフランスの領土
1452_france_poli
青いプロヴィンスがフランスの領土です。

1456年ブルゴーニュとの戦争終結時のフランスの領土
1456_france_edit
黄色い丸が拡大できた領土です。フランスがある程度大きくなることはイングランドにとっても収入が増えるだけでなく、スペイン(カスティリヤ&アラゴン)やオーストリアなどからの攻撃を防ぐ防波堤になってくれるので好都合です。

今度は1460年7月2日にポルトガルがフランスに宣戦布告。フランスはイングランドにポルトガルに宣戦布告するように求めます(アルトワもミーズもフランス側にたって参戦(※ミーズはイングランドがアイルランドに持っていた領土を属国として独立させた国です))。
War_with_portugal
イングランドはこの戦争を静観します。そうしたらポルトガル側にカスティリヤやアラゴン、ハノーファーまで加わります。どうしたものか。イングランドも宣戦布告するべきか。

そうしていたら7月18日にミーズに対してスコットランドとエール(アイルランド)が宣戦布告。イングランドは宿敵スコットランドに宣戦布告します。

翌年1461年7月1日、フランスはカスティリヤに78ダカットを支払って講和。イングランドもフランスを助けるべきだったか。

イングランドはスコットランドに勝利して1462年1月12日、184ダカットの賠償金で講和に応じました。

イングランドとしてはカスティリヤと良好な関係を保ち、ブルターニュを包囲する外交を展開しなければなりません。史実では1588年にイングランドはスペインとアルマダの海戦を行うのですが、できれば避けたいのです。またイングランドの国力ではスペインを攻め込むのは無理です(もしもフランスが参戦を拒否したら最悪の状況になるので)。

カスティリヤとの婚姻が成功したあとの1467年1月1日のイングランドを取り巻く状況
1467_01_01
これでブルターニュを包囲できました。

1475年5月16日、フランスがブルターニュに宣戦布告します。イングランドもこれに加わります。そして7月2日はエールがミーズに宣戦布告してきました。イングランドとフランスもエールに対して宣戦布告します。

1475_07_14_edit
上の赤丸がエール、下の赤丸がブルターニュ。ニ正面戦争でもスペインや他の強国と婚姻関係を結んでいるので問題なし。

1476年2月22日にブルターニュが6ダカットの賠償金を条件とする停戦を申し出てきたのでイングランドは同意し、全軍をアイルランドに集中させます。そして1477年6月3日、エールを降してイングランドの属国としました。

それから約10年後、1488年10月6日、フランスのシャルルとブルターニュのアンが結婚してブルターニュがフランスの属国となりました。これはめでたい!

これでフランス本土はほぼイングランドの勢力下に入りました。

しかし安心はできません。これからヨーロッパを二分する宗教改革が始まるのです(その前にオーストリアとの戦いになるのですが)。

次回に続きます。(リンク

日本もプレイできないことはありません。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/12/15

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第4回:フランス攻略!

ヨーロッパ・ユニバーサリス2 (EU2)のプレイレポ第4回です。

前回、我がイングランド王国はフランスとの戦争で大勝しましたが、ピルカディーのみの割譲で停戦しました(前回)。これはフランスとの恒久的な平和を求めるものではなく、フランスを属国とするための布石なのです

まずはフランスの外堀を埋めるべく、フランスの周辺国と婚姻関係を結びます。

前回の戦争から4年後の1431年3月のイングランドの外交状況:
1431_march_27
ポルトガル、カスティリヤ、ブルゴーニュ、ハプスブルク、ポーランド=リトアニアと婚姻を結びました。史実ではスペインの無敵艦隊がイングランドに攻めてくるのでカスティリヤとの婚姻は多少なりとも戦争抑止になります(万が一戦争を仕掛けられた場合には相手の安定度が下がります)。

このとき、我がイングランドの属国であるブルターニュから対仏戦争の参加要請が来ました(これが来るのは同盟国だからです。※同盟国でなくても戦争が始まると同盟を結びましょうと誘ってくる場合もあります。これには要注意)

まずはフランスの外交関係を見てみます。フランスが大国と同盟関係にあってイギリスが攻められたら大変です。

フランスから見た外交
1431_france
フランスはブルターニュ(イギリスの属国)とブルゴーニュ、オーヴェルニュと戦っています。大国との同盟関係はないようです。

そしてフランスの属国であるブルボネ(bourbonnais)は
1431_orlean
オルレアンとオーヴェルニュと戦っています。これは内戦状態じゃないですか。

これはチャンスですよ。

イングランドはブルターニュ&ブルゴーニュの側に立ってフランスに宣戦布告します。

1431年6月18日、フランスの属国オルレアンがブルボネに併合されました。そして同年8月8日、フランス側に立って姑息にも我々に宣戦布告してきました

これはブルボネと講和してフランスを孤立させるためにブルボネにも攻め込みます。

1431年12月にはフランス王国の首都イル=ド=フランスを占領。

1432年3月17日、ブルボネの和平提案を受け入れて停戦。これにより43ダカットを手に入れました。

残るはフランス本国のみ!

1433年3月のフランス南部

1433_march_4_edit
プロヴァンスも陥落し、残っているフランス領はまるで囲んだドフィーヌのみ。これから攻め込みます。

フランス北部
1433_march_22
イル=ド=フランスにフランス軍が出現しますが、シャンパーニュ攻略を行っていた部隊を差し向けます。

そして
1433_march_24
勝利です。

ここでフランスと停戦交渉。

そして1433年4月10日、フランスとの和平交渉において同国を属国化することに成功しました!

アーカイブのログにもフランス属国化が刻まれました。
1433_hist
これで毎月フランスから月収入の半分がイングランドに入ってきます。フランスの国力を抑えられるだけでなく、この金を使って我が国の発展を促進できます。

フランスよ、イングランド繁栄の礎となるのだ!

それから5年後。1438年1月の状況
1438_jan_24
フランスがイングランドの属国になっています。イングランドに敵対する(赤くなっている)のはブルボネです。そしてプロヴァンスとブルボネはフランスの属国です。

この外交関係凄いです。主従関係を図示すると

イングランド→フランス→ブルボネ

これを人間関係に例えると:

社長→妾→妾の子供

でしょうか?

となっています。しかしこのブルボネが主人の主人であるイングランドに敵意を持っています。妾の子供が父親に敵意を持つ。ありそうな話ですねえ。さらに、このゲーム属国が戦争するのをコントロールできません

実際、10年後の1448年10月8日、イングランドの属国であるブルターニュがブルボネに宣戦布告します。これって間接的にイングランドの属国同士の戦いです。妾と別の妾の争い!

私は感動してしまいましたよ。この複雑な関係に!

そして苦悩しました。

果たしてブルターニュからの参戦要請を受けて良いものかどうか。

もしも対ブルボネ戦に参戦したら、フランスとの戦争になってはせっかく属国化したのにすべてが水の泡です。そこでブルターニュの勝手にさせることにしました(おかげでブルターニュとの同盟関係はなくなりました)。※あとてやり直してみたら、フランスとの戦いにはなりませんでした。フランス軍がいても戦いになりません。(ブルボネとフランスの間に同盟関係はなかったようです。未熟…)

再度プレイした時の結果
If_1440
ブルボネに圧勝。ただし併合も属国化もできません。

とにかくブルターニュにブルボネは任せておいて、1449年4月25日、我が国は北側の脅威を排除すべくスコットランドに宣戦布告しました。

ということで次回に続きます(リンク)。

日本もプレイできないことはありません。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2006/12/09

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第3回:フランスに勝利!

ヨーロッパユニバーサリス2(EU2)のプレイレポ第3回です。

前回、イングランドはフランス王国の首都、イル=ド=フランスを攻略し、ドーバー海峡にて仏軍艦隊に勝利し、ピカルディーとシャンパーニュを占領しました(リンク)。

今回、フランスとの戦いに決着をつけます。

同時に南フランスではガスゴーニュの部隊(歩兵14000、騎兵2000)を二手に分けて2つのプロヴィンスを同時攻略します。
Split
分割したい部隊を選択すると、画面左に部隊情報パネルが表示されます。そして左下の[分割(Split)]をクリックします。これは兵力を二等分します。兵数を自分で決めて分割するときは中央の[再編成(Reorganize)]をクリックします。

分割すると
Split_done
(クリックで画面は大きくなります)
兵力バーの数が2つになっています。部隊情報パネルを見ると歩兵が7000、騎兵が1000に二等分されています。これで2つのプロヴィンスを攻略します。

一方はギュイエンヌ(Guyenne)にもう一方はランギュドック(Langudoc)に派遣します。
Guye
Langu
2つのプロヴィンスにフランス軍はいません。しかしどちらのプロヴィンスも防壁があるので占領するには攻め落とす必要があります。

と戦線を拡大する中、

スコットランド軍にノーサンバーランド(Northumberland)が攻略された!
Nothumberland
もう潮時ですかな。

そうしたらカレーを攻めるかと思ったフランス軍が我が軍の占領したシャンパーニュを攻略し(画像の右上)、フランスの属国ブルボン軍が我が国の領土であるポワトゥに侵攻(画像の左下)、ブルゴーニュもどうやらフランスと単独講和したようです。これ全部取られたら逆に敗北です。

講和だ!

Offer_peace
外交画面からフランスを選んで[和平提案(Offer reace)]を実行(ただし外交官がいないとできません)。

そうすると和平条件を設定する画面が現れ、イングランド・フランスのどちらが優勢がパーセント表示されます。
Momentum
イングランドが70%優勢です。

交渉条件は上から

割譲や賠償金を求める

何も求めないし与えない(引き分け)

割譲や賠償金を渡す

を選択できます。今は70%優勢な訳ですから、割譲を求めましょう。

Demand_tribute
70%に達しているのでフランスに属国となること、軍事ユニットの通行許可を求めることもできます(3つある選択肢の上と下・※真ん中の「自国と同じ国教に改宗させる」は時代にできにません)。あと占領したプロヴィンスがパーセントで表示されます。すべて足して70%ならこちらの要求を交渉相手に突きつけることができます。ただし相手がそれを受け入れるとは限りません。少し低めに設定すれば相手が講和する確率が高くなります。

前回は領土を拡張過ぎて失敗したので、今回は少なめにピカルディーと賠償金にしようと思いましたが、フランスは一文無し。お前は日本政府か。

骨太構造改革ぐらいやっておけ。

しかたないのでピルカディーだけで手を打ちます。
Peace_concluded
フランスが同盟のリーダーだったのでスコットランド軍に占領されたノーサンバーランドは返還されます。

もしも70%を後ろ盾にして、最大限領土の割譲を求めるとこうなります。
1421
これだとランギュドックがアラゴン(後のスペインと国境を接するので面倒なことになりかねません)

最終的にピカルディーを攻略したことでイングランドは海峡地域をフランスと防波堤とすることができました。
1427
この勢力図、史実に似ています。ブルゴーニュとブルターニュでフランスを包囲しています。

1429年のイングランド陣営VSフランス陣営の勢力図
France1429large
色は赤がイングランド側、青がフランス側です。

このまま行くとジャンヌダルクとか登場して1453年にはこうなります。
France1453large
イングランド、大陸から完全撤退。

(※2つのとも地図とも以下のサイトからです:http://www.ucalgary.ca/applied_history/tutor/endmiddle/bluedot/100.html

この歴史、

ひっくり返してやりますよ。

次回に続きます(リンク)。

百年戦争の概略
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E5%B9%B4%E6%88%A6%E4%BA%89
です。

イングランド万歳!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006/12/01

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第2回:フランス軍を蹴散らせ

ヨーロッパユニバーサリス2(EU2)のプレイレポです。

前回(リンク)はフランス王国の首都イル=ド=フランスで英仏両軍が激突するところまで書きました。今回はその続きです。

Battle_1_2
(クリックすると拡大表示します)
この画面の左上が戦況図になっています。緑のバーが士気値を示しています。これが勝敗を分けます。たとえ兵力で勝っていても、士気値が低ければ負けてしまいます。両軍の紋章(青がフランス:防御側。青と赤の紋章がイングランド:攻撃側)の間に時計の針みたいなのがありますが、これが戦闘における優勢と劣勢を示しています。針の向いたほうが優勢です。この戦いではイギリスに針が向いています。

そして
Victory_5
フランス軍に勝利!戦いは攻城戦に移行します。要塞を攻め落とさなければそのプロヴィンスを陥落したことにはなりません(とっても領土とするには和平交渉で相手に割譲を認めささせる必要があります)。

大軍で攻めたときは左側のBesiege(包囲)と右側Cover(制圧)が選べます。陸軍の技術レベルが進むと中央のAssault(強襲)が選択できるようになります。

「包囲」を押していき、最後の部隊だけ「制圧」にしました。「制圧」というより「釘付け」という方が近いです。本隊から支隊を編成して敵を要塞内に釘づけにしておきます。これを置いておくと本隊が別の敵国プロヴィンスに攻め込んでも補給線が維持されます。

この本隊は先に破ったフランス軍を追撃します。
Campagne
我が軍は9千人。対するフランス軍は3万2千人。兵力的にはフランス軍が優勢!

しかし戦いが進むにつれて我が軍が優勢に…
Campange_2
針が我が軍に向いてきました。

そして
Champange_victory
イングランド軍の勝利!

敗れたフランス軍が向かう先はいずこ!

その間にドーバー海峡ではイングランド海軍とフランス海軍が砲火を交えていました
Naval_battle_1
我がイングランド海軍が誇る戦艦34隻の連合艦隊にわずか10隻で挑んでくるとは片腹痛いわっ!

圧倒的な強さを誇るイングランド海軍
Naval_battle_2
フランス艦隊はもうパニックを起こしています。
海戦が行われている北で部隊が止まっていますが、それはフランスに向かわせた部隊です。海戦が行われているために通れません。ここでフランス海軍に負けれは次に勝つまで、陸軍部隊はこの海峡を通れません。

そして勝利!
Naval_victory
ドーバー海峡はイングランドの湖なり!

敗北したフランス軍はアルトワに向かっているようです。Pursuit
我が軍も追いかけます。さらに敵にダメージを与えます。

しかしアルトワでは会敵できず。敵はPicardie(ピカルディー)に逃げ込みました。敵の士気が回復する前に叩きましょう!

まもなくイル=ド=フランスがまもなく落城しそうです。
Siege_success
黄色い炎が吹き出ています。ゲージが赤くなったらもうすぐです。シャンパーニュも落城間近です。

ピカルディーにて追撃部隊が破れました。敵はすでにある程度士気を回復していたようです。そしてイル=ド=フランスの奪還を目指しますが、寡兵ながら屈強な我が軍の前に破れ、ピルカディーへの退却を余儀なくされます。

これこそピルカディー攻略のチャンス!イングランド本国から呼び寄せた軍がCalais(カレー)に到着しています。これを使って敵が戻ってくる前にピルカディーを攻めます。
Picardie
鬼の居ぬまのなんとやら…

そして遅れて戻ってきたフランス軍と激突!
Picardie_battle
我が軍は圧倒的じゃないか!

そして勝利!
Picardie_siege
ピルカディーに対して攻城戦に入ります。

敗れたフランス軍がカレーに入っては厄介なので、シャンパーニュを陥落した部隊とイル=ド=フランスの部隊を差し向けます。
Calais
これが後で裏目に出ます。

戦いは次回へと続きます。(リンク

※急遽仕事が入ったので次回更新は木曜日以降になると思います。すいません。


これで君もトゥギャザーしようぜ!
って何年前だ。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

EU2 イングランド王の野望(目指せブリタニア帝国) 第1回:百年戦争をいかに乗り切るか

ヨーロッパユニバーサリス2(EU2)のプレイレポです。

前回(リンク)は領土拡張をしすぎたために敗北を喫しました。今回はリベンジです。
(プレイの難易度は普通。敵は普通ではなく、そのひとつ下です。)

ゲーム開始時点で戦いが始まっています。北からはスコットランド軍が攻めてきます。

しかしイングランドはあえてフランスとの戦いに戦力を集中します。

スコットランド軍に領土を占領されますが、心は一休さんです。

慌てない。慌てない。

スコットランドが我が国のプロヴィンスを1つや2つ占領しても、同盟の盟主であるフランスを叩きのめせばスコットランドとは現状維持で講和できます。

スコットランドやアングリアに駐屯する部隊を大陸まで移動させます(※この海峡(中州というか小島ならんだ海域)は徒歩で渡れます。ただし海峡を海軍で封鎖されると移動できないので自国の艦隊を展開しておき、敵艦隊が来たら撃退する必要があります。)。主力は大陸のCaux(コー)というところに展開しています(下記参照)。
1419_jan
(クリックすると拡大表示)
部隊の移動方法はハーツオブアイアンと同じです。単ユニットなら、画面上でそのユニット左クリックしてから目的地を右クリックします。複数のユニットなら、画面上で移動させたいユニットをドラッグで選択してから目的地を右クリックします。複数のプロヴィンスに展開している場合も同じです。

フランス軍はとにかくイル=ド=フランスの東のArtois(アルトワ?)に攻め込みます。ブルゴーニュ領です。フランスはブルゴーニュ(イングランドの属国)、ブルターニュ、そしてイングランドと戦争状態です。

外交画面を開くとよくわかります。
Diplomacy_1
カーソルはガントレットとして表示されます。これで「外交」をクリックします。

イングランドから見た外交図が表示されます。紋章をクリックするとその国の外交関係がわかります。
War_1419_edit
黄色く燃えている紋章の国がイングランドの対戦相手です(複数の紋章が燃えていますが、それはフランスの属国も宣戦布告したからです)。赤い国は敵対国です。アイルランド(エール)は赤いですが、紋章は燃えていませんので、現在は交戦中ではありません。緑は友好国です。属国、同盟国、姻戚国がこれに含まれます。

フランスと戦っているの3国は青マルで囲みました。

首都を攻め落とすと交渉を有利に進められます。イングランドは前回の教訓から領土拡張よりも、短期決戦を指向します。そして1年後に講和します。

では戦闘開始です。

(ここからは戦闘を説明するために再現プレイとなっています。基本的に同じ展開にしています。)

大陸のCauxにイングランド軍の主力がいます。これでフランスの首都を叩きます
Caux_2
そんな時にアラゴンから婚姻の提案が。もちろん受けます。

そんな折、イングランド本国で異端のロラード派(Lollard heresy)が出現。ウィクリフの教えに従い、教会が富と権力を持つことを非難したそうです。
Heresy_1

なるほど。ですが、

戦争中に神もへったくれもあるものかっ!

Heresy_2

ここでの選択肢は2つ、上の弾圧するか、下の野放しにするか。

弾圧すると次の36ヶ月間、反乱リスクが上昇して、安定度が下がって国庫から50ダカットが失われます。

野放しにすると、教皇、フランス、ブルターニュ、ブルゴーニュ、オルレアンとの関係が100下がります。フランスは関係悪化しても問題ないですが、ブルターニュとブルゴーニュは同盟国なので関係悪化はマイナスです。戦争中に反乱が起こるのはまさに「背中を刺される」のと同じですが、短期決戦でフランスとの講和して対処しましょう。

ということで

異端は弾圧します。

そしてイングランド軍主力部隊(30)が敵部隊(16)とフランスの首都で激突!
Battle_1_1

この戦いは次回ということで(リンク

良い子のみんなはサンタさんにお願いしよう!権謀術数渦巻くヨーロッパ・ユニバーサリス2!

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006/11/23

ヨーロッパ ユニバーサリス2 国王の失策:過度な領土拡張

先日、プレイを始めたのですが、こいつは難しい。

めっちゃコアですよ。

ハーツオブアイアンとは似て非なるゲームです。似ていますがシステムが違います。

前回(リンク)は触りだけしたが、今回は「いかに我は敗北したか」ということで説明します。

普通、領土が広い方が優位に立てるので良いと考えがちですが、このゲームではそうとは限りません。一番長いシナリオでは国家が大きすぎると発展が遅くなって技術的に取り残される可能性があります。国土が広くなるほど「安定度」が上がりにくくなります。安定度が極端に下がると(-3になると)宣戦布告はできませんし、収入は上がりませんし、反乱も起こりやすくなります。広がった領土を守るために軍備を増やすと、その維持費のために国内のインフラ整備や陸海軍事技術の投資へ予算を割きにくくなり、軍事力の技術的優位性を維持できなくなります。

技術発展したいならあまり領土を拡大しない方が有利なのです。

これはイングランド(※イギリスとほぼ意味は同じですが、イギリスはスコットランドと北アイルランドを含めた「連合王国」を意味する場合が多いのでイングランドとします)で実際にプレイした時の話です。

グランドキャンペーン(400年の興亡)をイングランドでプレイすると最初からとんでもない状況に直面します。スコットランドとフランスとのニ正面戦争です。悪夢です。挟み撃ちにされています。そこでスコットランドとはアイルランドの領地を割譲して早期講和し、できる限りローンを借りて兵を増やしてフランスに攻めかかります。フランスもまた一種の内戦状態でブルターニュやブルゴーニュと戦っています。勝機は我にあり。

西暦1419年の状況
1419_edit
(クリックで拡大します)
アイルランドの領地(白丸)をスコットランドに割譲します。大陸の白丸はイングランドが大陸に持っている領土です。

このゲームでは、プロヴィンスを占領すればそのまま領土に組み込めるわけではありません。あくまで相手国との交渉によってすべて決まります。交渉を有利に進める材料として敵軍に勝利を重ね、敵国のプロヴィンスを占領することが求められます。特に首都を攻めるのが効果的です。イングランド軍はフランス王国の首都が置かれるイル・ド・フランスを占領し、他のプロヴィンスの城も攻め落としました。

戦後の状況(西暦1421年)
1421_edit
ピンク色の枠がフランスとの和平交渉で新たに獲得した領土です。

イングランドはその後もフランス占領を目標に戦いを進めます。西暦1462年の状況
1468
フランス国王領はわずかに3つ。灰色はフランス国王領ではありません(ブルボン領かな)。みどり色はサヴォイ伯領だったはず。フランスは完全に分裂状態です。

西暦1502年の状況
1502ad
イングランドがフランスの半分以上を占領しました。あと旧アラゴン領も占領。フランスの西側の広い白い国はオーストリアです。フランス全土占領までもう少し!

1535年の状況
1535
着々とフランス占領を進めるイングランド。フランスの首都がイル・ド・フランスから移りました。イル・ド・フランスは膨大な人口を擁するプロヴィンスです。アフリカにも進出しようかと思います。

西暦1585年の状況
1585
アルジェリアをほぼ占領。当たり前ですが首都は貰えず。併合すれば首都も手に入ります。

領土拡張は勝利ポイントが増えるので良いことですが、収入(上段のIncome Calculation のTotal)があまり上がっていません。1535年に68.4だったものが1585年に78.5となって10上昇していますが(ただし月ごとのばらつきもあります)。同時に軍事費(中段のMilitary Maintenance)も28.8から44.8に20上昇しています。財政的には10マイナスになりました。これでは売れば売るほど赤字になるPS3と同じです。PS3の場合はソフトのライセンス料で儲けるそうですが。

西暦1622年の状況
1622ad
北アフリカ東部をほぼ手中に収めても収入は74.6。少し下がっているくらいです。軍事費が20ほど下がっていますが、これは戦争によって消耗した分を補充していないからです。補充すると収支状況がさらに悪化します(すでに月間ベースは赤字続きで毎年1月1日に入ってくる年間収入だけが頼りです。一度に借金をできるのは200ダカットで5本までです。返済は5年間ですが借り入れ期間を延長すると利子が増えます)。そのため技術への投資より、軍備を削減してみました。

広大な国土を守るには軍事力が必要なのは重々承知しています。しかし質も落とすわけにはいきません。他国より軍事テクノロジーが遅れていると数を揃えても負けてしまいます。軍事技術や他の技術にも最低限の投資が必要です。

先ほど説明したように技術発展の面では小国が有利です。その好例がオランダです。オーストリア統治から独立直後のオランダは、オーストリアの技術を継承しているので陸軍技術は高いのですが、海軍技術では劣っていました。しかし状況はすぐに変化します。

1605年のイギリスの陸海軍技術
1605ad_tech
陸軍技術はルネッサンス(12)。海軍技術は中世後期(9)

それから17年後…
1622_tech
陸軍技術はまだルネッサンス(12)で、海軍技術が中世後期(10)に上がりました。

一方1605年のオランダはというと
1605ad_tech_1
陸軍技術はまだルネッサンス(14)で、海軍技術が中世後期(6)です。オーストリアが陸軍技術に重点的に投資していたからでしょう。

これが17年後には
1622_tech_dutch
陸軍技術がルネッサンス(16)に、海軍技術が中世後期(10)に上昇です。陸軍技術でイギリスはさらに差をつけられ、海軍技術でも追いつかれました。

この私にどうしろと?そんな時にオーストリアがイングランドに宣戦布告
Austria_war
そしてスペインも宣戦布告してきました。

イングランドの終わりです。

今回の教訓、

過激な領土拡張は豊作貧乏と同じ。

簡単には勝たせくれぬゲームでござるよ… 北アフリカがいけなかったか…

次こそ勝ってやる!折角買ったんだし!

次回に続きます(リンク)。

アマゾンだと時間がかかるみたいです。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

2006/11/14

ヨーロッパ ユニバーサリス!

ハーツオブアイアン2をリプレイしてきましたが、その原型ともいえるゲームがヨーロッパ ユニバーサリスです。

日本語版が出るそうですよ!
http://www.cyberfront.co.jp/title/eu2/

これをプレイした感想はハーツオブアイアンと似て非なるゲームです。ほんとに。得意の包囲殲滅ができません。これは外交がものを言うゲームです。特に群雄割拠する1400年代から始まるシナリオは戦いが始まるとめちゃくちゃになる可能性があります。何度戦争が破綻してディスプレイを石狩川に投げ込もうとしたことか!憎たらしいゲームです。

外交を読むのは好きですが、今までのゲームで外交は使わずに武力のみを頼りに戦ってきた拙者にはなかなか手ごわいゲームです。

ゲーム画面はこんな感じです。
Napoleon
ナポレオンの言葉(妄想訳):

歴史を著す者は超然であれ。筆をもって歴史の審判を下す者はあらゆる拘りや虚栄心から己を自由にしなければならないのだから。

まっとうなところでイングランドでプレイしてみました:
England
(クリックで拡大します)
赤いのがイングランド領。大陸にも領土を持っています。もともとノルマンディー公がイングランドの王位をぶん取ったからです。時は百年戦争の真っ只中。

ですから外交画面を見てみると大変なことになっています。
Diplomacy
イングランドはブルターニュとブルゴーニュ(緑色)とともに、スコットランドやフランス(とオルレアンなどの同盟国)を相手(赤色)に戦っています。対戦国は紋章が燃えています。イングランドは挟み撃ちにされているのです!

詳しくは次回に。

アマゾンだと時間がかかるみたいです。

楽天だともっと安い店もあるかも。

| | コメント (2) | トラックバック (1)